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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第8回
高野博子自身の供述(1)


 平成15年6月17日、高野博子はりんごっこ保育園が認可基準を満たしているとして、東京都や東村山市などに対して不認可決定の取消および総額8661万4000円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。

 東村山市が話し合いに応じようとしないのならともかく、市は議会の意思に反してむしろ開設に向けて話し合いを進めようとした。起案書に捺印して事業化の意思決定を行った市長としては、いったんは議会によって否決されたとはいえ、最終的に開園にこぎつければメンツを保つことができるとでも考えたのか。

 いずれにしても、市長や助役が保育園に何度も足を運んで話し合いを進めようとしたにもかかわらず、高野はなぜ提訴の道を選んだのか。整備、定員などの見直しがあったとしても、当時150名を超えるといわれていた東村山の待機児解消と「子育て支援に貢献」(平成15年2月18日付高野署名文書)し、「東村山の保育を改革し改善する」(同文書)ために認可保育園の開設を目指したというのなら、話し合いに応じることにいったい何の不都合があったのか。多くの市民が理解に苦しんだのはその点である。あるいは当事者同士にしかわからない微妙な事情があったのか。

 常識的にみれば、裁判に持ち込んだということは話し合いの拒絶を意味する。しかし、かといって、損害賠償の支払いだけでなく「不認可決定の取消」を請求していることからすれば、高野は開園を断念したわけではないらしいということである。東村山市や認可申請当時、その計画内容に深い懸念を表明した児童育成部会でもそう認識していた。

 とりわけ育成部会としては、これまで高野が情報公開を拒んできたのはなぜなのか、今後育成部会や保育関係者の意見を受け入れる意思があるのかどうか、また高野の保育に対する考え方などを直接確認したいという思いがあった。裁判がどう転ぶかわからず、仮に高野が勝訴すれば認可基準のみを根拠に育成部会で示された多くの不安を飛び越えるかたちで一挙に開園という事態もあり得ないことではなかった。そこで児童育成部会は高野を招致し、直接考え方を聞くことにした。これに対し、高野は今度はすんなり要請に応じたのである。

 それまで公式の場にはいっさい姿をみせなかった高野が、児童育成部会に参考人として出席したのは平成15年8月11日のこと。高野は不認可決定前の厚生委員会には「先約がある」として出席を拒んだが、はたして今回の出席は高野の姿勢になんらかの変化があったということ、すなわち保育関係者などの意見を聞き入れる用意があることを意味するものだったのかどうか。とにかく高野の唯一といえる生の発言をお聞きいただきたい。その後にりんごっこ保育園で起きたさまざまな事件を思い出しながら聞けば、よりいっそう興味も増そう。ちなみにこの日は、朝木直子が傍聴に来ていた。


高野博子参考人質疑(児童育成計画推進部会小委員会)

高野 みなさんこんばんは。(こんばんは) りんごっこ保育園の高野と申します。本日は、あの、まとまりのない話にならないように、あの、自分としてのメモを用意してまいりましたので、メモを読みながら、話をさせていただきたいと思います。

(開園に至る経過)

 それではあのー、私が東村山で保育園を開園するに至った経過、そこからお話し申し上げたいと思います。えーと、3年前でしたか、あのー、人を介して、あの、私のところに「東村山の保育を改革し、改善するため、ぜひとも自分の経験を生かして、本当の意味の子育て支援となる保育所を開設してほしい」との強い要請が寄せられました。

 熟慮した結果、2001年1月、東村山市の野口町にりんごっこ保育園を開設し、同年6月に児童福祉法に基づく認証保育所りんごっことして東京都の認証を受け、現在定員は19名で運営しており、経済的に少しでもあのー、子育て支援に貢献するために、保育料は0歳児から1歳児は月額の2万5000円、それから2歳児は3万円です。認可外保育所の中でも最も低い、えー、それはあの、保育者はもちろん全員有資格者です。で、栄養士も看護師も待機しております。

 あのー、嘱託医による健診も毎月行うなど、また職員の待遇もできるかぎり改善し、すばらしい保育が行えるよう、まあ自分としては、あのー、認可園並の職員態勢をとってきたつもりでおります。そういうことから、あのー、東村山の保育、とりわけ認可外の保育現場の改革、改善に少なからず寄与できているのではないかと思っております。

(保育に対する考え方)

 次に、保育に対する私どもの考え方をお話ししたいと思います。私は20年ぐらいにわたり、あのー、保育に携わってきており、その中には乳児院に勤務してきた経験があります。乳児院とはどういう施設かご存じでしょうか。あのー、その当時、私がおりましたときは、0歳児から2歳児までの18名の定員の園だったんですね。で、職員の数も同じく18名です。で、保育士は24時間勤務体制を整えております。

 それはあのう、園児というものは家庭から保育園へ通うわけですが、乳児院は保育士が、乳児院という言葉、つまり子供たちにとっては家庭なんですね。生活の場、そういうところになりますが、そこへ私たちは通うわけです。夜勤になったりとか、まあもろもろあるわけですが、要するに乳児院のあのー、保育士とは他人同士ではありますが、保護者とまったく変わりなく、園児とは実質上、親子の関係になってるわけなんです。

 ですからそのー、さきほどの組み合わせとか、そういうときには、自分の担当の先生が帰るとき、だいたい1歳半前後、まあそういうころには理解できますから、とても悲しい顔をするわけですね。で、もっとつらいのは、2歳になって乳児院を出なければならないとき、まるであのー、わが子の別れのようなつらさを日々体験させられます。

 当時あのー、乳児院の園長先生は口癖のように「子供はかわいいね。何にもいわないけど、ちゃんと見ていますよ。君たちの良いことも悪いことも、全部吸収しますよ。保育は愛情が大切ですから」と、常々おっしゃっておられました。つまり、たんに子供を預かるという態勢ではなく、愛情をもって接する、保育をするということを私たちはとても大切にしてきました。

 このような家庭の愛情を受けることのできない乳児院の子供たちとのふれあいを通して、子供たちの人格が形作られる上からも、乳幼児期の子育てがいかに大切であるかということを実感してきたわけです。これらの体験から、それこそ一人一人の園児が心ゆたかに、そしてしっかりとした人格を作っていけるよう、保護者のみなさんと手を携えて、保育者の立場に立った、愛情たっぷりの、家庭のぬくもりのある保育所、保育園、それを構築していきたい、そんな考えに立って、どの認可園にも負けない園になるよう、認可保育園を一刻も早く開園したいと考えております。


(第9回へつづく)


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テーマ:社会 - ジャンル:政治・経済

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