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著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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創価問題新聞事件 第10回
狭められた包囲網

 さて、矢野は「レシートを間違えた」ことを前提に、店に行ったもののジャーナルはすでに警察が押さえていて確認できなかったと言い訳しているが、取調官はもう矢野には付き合わず、やんわりと包囲網を狭めていった。とぼけた調子が悪くない。



取調官  それとね、それとね、たとえば、ええ、まあ、時間は少しずらしてもいいんだけど、これ、これは時間は関係なくね、今、あの、まあ、矢野先生がいうには2時40分ごろ、あるいはまあ、もっとさかのぼってね、もっとさかのぼって、あの、これ、もう1つ、これ見せてもらったんだけどさ。

矢野  ああ、キャッシュ(銀行振込明細書)の……。

取調官  キャッシュのね。

矢野  これ……。

取調官  これ、何分だ、これ、なんだ、14分か……。

矢野  14分? ん?

取調官  12分か。(銀行振込の時刻は)2時12分でしょ。

矢野  ああ、ああ。

取調官  ね、そうすと、朝木さん、朝木先生にもいったの。先生、これは、「行き」に寄ったんですか、「帰り」に寄ったんですか。

矢野  うん。

取調官  そしたら、「行き」だっていうんですよ。

矢野  たぶんそうだろうと思うけど、私は。時間的にそういうふうに考える以外にないんだから。

取調官  ないんでしょ、普通考えてね。だから、そう聞いたの。そしたら、間違いなく「行き」だと。ああそうですかと。

矢野  うん。



 取調官は捜査を指揮していた副署長の千葉英司から、矢野にはまず好きなようにしゃべらせろと指示されていたようである。これまでの取り調べで、まず矢野は、万引き事件の時間帯に矢野と明代がレストランで食べたのは「レギュラーランチ」ではなく「日替わりランチ」であると自白した。その上で、取調官はその時間帯について明代が提出した銀行振込記録を出してもう一度確認したことがわかる。

逃げ道をふさがれた矢野

 明代が銀行に立ち寄ったのがレストランからの「帰り」ではなく「行き」であることを認めさせた取調官は、さらに矢野を追い詰める。



取調官  そしたら、これ(銀行振込)に「行き」に寄ったっちゅうことになると、これよりは、ドンキーに行ったの、遅いってことですよね。

矢野  そうなりますよね。

取調官  ね、ね、そうですよね。

矢野  うん、うん。

取調官  2時12分より、遅いってことですよね。そうすると、もう1ついっていたのは、先生は2時12分より遅くドンキーに行かれた。さらに矢野先生よりはちょっと遅い。

矢野  ちょっと遅い、と思いますね。

取調官  うん、まあ、それいい。まあ、それ、わかってるから、いいと思いますよ。

矢野  ええ、いいですよ。



 取調官は矢野に対して、①「明代が銀行に立ち寄ったのがレストランに行く途中であること」、②「『日替わりランチ』を食べたのは銀行に立ち寄ったあとであること」、③「『日替わりランチ』を食べたのは銀行に立ち寄った時間である『2時12分』よりもあとであること」の3段階に分けて聞いている。矢野はこの3点の確認に対して「そうなりますよね」「うん、うん」「ええ、いいですよ」といずれも認めている。

 つまりこの時点で矢野は、「午後2時12分以降」に「『日替わりランチ』を食べた」ことについてはもうどうにも否定のしようがない状況に追い込まれているということになる。

 そうしておいて取調官が矢野に突きつけたのが「2時12分の時点では『日替わり』は売り切れていた」という事実だった(本連載第4回)。矢野が「ええっ? ウソっ!」と慌てふためいた理由もおわかりいただけよう。こうして千葉の捜査指揮のもと、矢野と明代は2度にわたり、みごとなまでにアリバイ工作を崩されたのだった。

「反訳」を提出した矢野の意図

 矢野は7月12日の書類送検について「だまし討ち」などと主張している。アリバイを否定された明代が、取調室を退去する際「正しいレシートを探してきます」といい、それに対して取調官が「ではそうしてください」と応じたたんなるやりとりをもって、その段階ではまだ書類送検はしないという意味であると明代と矢野が勝手に思い込み、にもかかわらずその日のうちに書類送検したことが「約束」に反するという趣旨らしい。

 矢野はこの取り調べの反訳書をアリバイを立証する目的と称して裁判所に提出したが、これには東村山署による書類送検が「だまし討ち」だったと主張する意図もあったようである。前回の取調記録の「レギュラーランチ」の部分を「日替わり」に改竄したのも、明代が7月12日の段階で「日替わり」を主張していたことにするためだった。そうすることで、明代が「レギュラー」のレシートを提出したのもたんなる「間違い」だったと思わせ、正しいレシートをもらいに行ったがすでに警察がすべてを押収していて探すことができなかった――すなわち東村山署は明代が「無実」を立証しようとするのを妨害した――というストーリーを組み立てることが矢野の狙いだったように思える。

 東村山署の書類送検を「だまし討ち」と批判するなら、その前提にはまず、明代が最初から「日替わり」を主張していたという事実があり、さらに矢野と明代が「日替わりを食べた」という事実がなければならない。しかし、この取調記録の内容からみても明代が当初は「レギュラーランチだった」と主張していたことは明らかで、万引きの時間帯に「日替わり」がないはずがないという期待と思い込みに基づく矢野の主張も、客観的事実を突きつけられ、アリバイ工作の事実を矢野もまた自ら証明する結果となった。

 つまり、「日替わり」にしたところで「レギュラー」にしたところで、明代は最初からありもしないレシートを「探してきます」といったわけで、どちらが「だまそう」としていたかは明らかである。少なくとも「だまし討ち」なる文言は、2度も虚偽のアリバイ主張を崩された者のいうべき言葉ではあるまい。

 千葉は反訳書の改竄を暴くとともに、この反訳書が明代と矢野の主張するアリバイが崩されている事実を証明するものにほかならないとする陳述書を提出した。2度アリバイを崩された矢野としてはどうしても千葉の陳述を認めるわけにはいかない。そこで矢野は反訴に及んだが、ついに取り調べを記録したテープを提出することはできなかったのである。


(その11へつづく)



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創価問題新聞事件 第11回
「開設」「更新」手続きへの関与を否定

「創価問題新聞」裁判において矢野と朝木は終結まぎわまで真実性・相当性の主張・立証をしなかった。平成15年に上梓した『東村山の闇』では「明代の万引き冤罪と他殺が確定し、事件は真犯人を特定する段階に入った」と結論づけているのだから、その根拠を法廷でも主張し、それが認められれば名誉毀損は阻却されることになろう。

 ところが裁判が始まって3年もたつというのに矢野と朝木は、終結1年前の平成18年11月24日付準備書面では、「創価問題新聞」の開設と運営に関する責任関係について主張している。それが彼らのいう「真相究明活動」とどんな関係があるのかはわからないが、矢野と朝木の主張や行動様式・傾向を知る上でそれなりに興味深い。矢野と朝木は、彼らが「発行人」(矢野)と「編集人」(朝木)であるホームページ「創価問題新聞」について次のように述べて、本件記事掲載について彼らの関与を否定したのである。

〈被告ら(矢野・朝木)は、……本件創価問題新聞ホームページのドメインが日本国内ではなく海外において取得されたものであったことにより、技術上の困難さから本件HPの開設及び更新の手続きに実際には関与していない。〉

 この1文によって彼らが何をいいたいのかは判然としないが、どうも「創価問題新聞」の発行責任は自分たちにはないといいたいようにもみえる。したがって、仮に問題とされた記事に名誉毀損があったとしても自分たちに不法行為責任はないと主張したいもののようだった。もちろんこれが仮に事実だったとしても、矢野が「発行人」で朝木が「編集人」と明記している以上、ホームページの開設と更新作業を行ったのが誰であるかに関わらず、彼らが発行・掲載責任を免れることはあり得ない。

内容証明送付後にホームページを閉鎖

 さらに興味深いのは、矢野と朝木が「創価問題新聞」ホームページの閉鎖について次のように説明していることである。

〈また、上記事情から本件HPを被告ら自身で維持することが困難であることから、すでに本件訴状の被告らに対する送達のあった2003年2月19日以前において、本件HPを閉鎖するよう直接の担当者に再三連絡し、現実に本件HPは閉鎖されている。〉

「連絡」はともかく、現実にホームページが閉鎖された時期を明記していないところが矢野の巧妙さというべきだろう。「創価問題新聞」が現実的に閉鎖されたのは提訴から4カ月後の平成15年6月ごろである。つまり矢野は準備書面で、提訴とは関係なく自主的にホームページを閉鎖しようとしていたといいたいようだが、このことに何の意味があるのか。ここでも彼らが何をいいたいのかは必ずしも明確ではないが、少なくともホームページ閉鎖に関わる内部事情が本件と無関係であることだけは確かである。

 千葉は同年1月21日と2月25日の2度にわたり、矢野と朝木に対して「ご通知」と題する内容証明を送付している。その内容を紹介しておこう。



ご通知

冠省 通知人は貴殿らに対し、下記の通り通知します。

 貴殿らは、インターネット「創価問題新聞」の発行人及び編集長であるが、平成12年9月9日に、同創価問題新聞のホームページ草の根掲示板に、投稿名MIDNIGHT MESSENGERが、「東村山警察の千葉のどあほが、証拠消すために立ち入り禁止のロープも張らんかった」「東村山署の元・副署長じゃった千葉じゃ。千葉英司のどあほ、あほの千葉」「あのあほの千葉じゃ。証拠消しくさった千葉じゃ。あいつは、いまじゃ、どじのなれのはてじゃのう『すりチカン』係やっとる。鉄道警察隊のぞいてやってくれや。やりすぎるとのう、しまいはあわれじゃ」「あのアホの千葉、アホの千葉(東村山署・元副署長)」「あほの千葉、あのアホの千葉」

 同月10日に、「あほの千葉 アホの千葉 アホの千葉 アホの千葉」

 同月14日に、「あほの千葉」「あほの千葉 あのホアの千葉 あのアホの千葉」「あのアホの千葉」

 同月22日に、「あのアホの『千葉副署長』」

 同年11月3日に2回、同月4日に1回、「『万引きのでっちあげ』も証拠あがっとる 証人尋問の時に千葉英司(東村山署・副署長)が証拠つきつけられて激しく動揺し きょろきょろ代理人に助けを求めた事実や」

 同4日に、「東村山店に来店していないなんちゅう証言は 店関係者はだれもしていないなんちゅう証言は、店関係者はだれもしていない ふれまわっとるとすればぢゃ 千葉英司副署長らクサーイ連中のでっちあげじゃ こいつほんまにアホとちゃうか」とする発言が書き込まれた。

 平成13年10月23日に、同掲示板に投稿名Mが、「アホの千葉英司(元副署長)」

 同14年3月25日に、「千葉ちゅうのは蚤垢側の人間じゃろ こういうのが警察にいるからこまったもんよ 警察だけやないがな 朝木事件殺害事件当時の担当検事が蚤垢信者ちゅうことはオウム事件をオウム検事が捜査でけるか これはもう 疑惑のレベルやないで」とする発言が書き込まれた。

 以上の発言は、通知人を誹謗中傷するものであり通知人の名誉権を侵害した。

 創価問題新聞の発行人及び編集長である貴殿らは、他人の名誉権を侵害する発言が書き込まれた場合には、ただちに削除すべき条理上の義務を負っている。

 しかし、貴殿らは削除の義務を怠り、通知人の名誉権が侵害されるのを放置し、通知人は精神的損害を被った。

 貴殿らの、この行為に強く抗議するとともに次の事項を要請します。

1 「MIDNIGHT MESSENGER」及び「M」が、創価問題新聞のホームページ草の根掲示板に書き込んだ、通知人の名誉権を侵害する発言の全てを、本書面到達後5日以内に削除し、同草の根掲示板において謝罪すること。

2 今後、同草の根掲示板に、通知人の名誉権を侵害する発言が書き込まれた場合にはただちに削除すること。

 万が一、1並びに2の要請が看過された場合には民法709条に基づく提訴もやむを得ませんので、呉々も御承知おき下さい。以上、通知します。

平成15年1月21日
                                                         (太字は筆者)



 これに対し、矢野と朝木から回答はなかったものの掲示板から当該投稿は削除された。


(その12へつづく)


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創価問題新聞事件 第12回
「MIDNIGHT MESSENGER」及び「M」の身元

 千葉の内容証明に対する矢野と朝木の反応は早かった。しかし当該投稿の削除はしたものの矢野と朝木から千葉に対してなんらの謝罪もなかった。この千葉は同年2月25日、2通目の内容証明を送付した。



ご通知

冠省 通知人は貴殿らに対し、下記の通り通知します。

 貴殿らが、発行人並びに編集長である、インターネット「創価問題新聞」の草の根掲示板のホームページに、通知人を誹謗中傷する発言を書き込んだ投稿名「MIDNIGHT MESSENGER」及び「M」に関し、貴殿らに次の事項を要請します。

1 「MIDNIGHT MESSENGER」及び「M」の、通知人を誹謗中傷する発言の書き込み文言を削除したものの、貴殿らは、通知人に対する謝罪を行わなかったが、謝罪しなかった理由を明示せよ。

2 「MIDNIGHT MESSENGER」及び「M」は、貴殿らに極めて近い人物であることを自認しているが、この人物の身元を明示せよ。

3 本草の根掲示板に、一般投稿者が、「MIDNIGHT MESSENGER」及び「M」は、矢野氏であると指摘しているが、この指摘に対し、矢野氏の論駁を明示せよ。

 なお、1ないし3について、本書面到達後5日以内に、通知人宛書面をもって回答されたい。以上、通知します。



 もちろん2通目の内容証明に対する回答もなかった。ちなみに、要求項目3の「一般投稿者」とは、MIDNIGHT MESSENGER及びMに対してのみならず、MIDNIGHT MESSENGER及びMとともに草の根掲示板に頻繁に登場して千葉への誹謗中傷を繰り返したTWILIGHT MESSENGER及びTについても、それが「朝木直子」であると指摘し、2人に対して実名で堂々と投稿するよう主張していた。

 この「一般投稿者」はこのような正当な指摘などをしたため掲示板上でMIDNIGHT MESSENGERとTWILIGHT MESSENGERから攻められ、現実でも矢野と朝木から疎まれ、「朝木明代基金」へのカンパを突き返されたといわれる。しかしこの「一般投稿者」は、それでも明代の「万引き冤罪」と「他殺説」についてはいまだ矢野と朝木のデマ宣伝を妄信しており、最近も平成20年9月1日の右翼らによる東村山駅前での街宣活動に参加し、洋品店襲撃にも加わった。

 さて、時系列で見れば、ホームページが閉鎖されたのは内容証明の送付および提訴のあとであり、内容証明の送付以前に矢野が「本件HPを閉鎖するよう直接の担当者に再三連絡」したかどうかはわからない。「再三連絡」したのならその証拠を提出してもよさそうなものだが、それも提出していない。

矢野と朝木は準備書面においてこうも主張している。

〈原告千葉は、訴状において、原告千葉自身が本件記事に関し、2003年1月22日到達の「通知書」で被告らに対して抗議したと主張するが、被告らは原告千葉からそのような「通知書」によって本件記事に関する抗議を受けた事実はない。〉

 千葉が送付した内容証明の内容は「草の根掲示板」の記載内容に関するもので、確かに本件で問題としている内容とは異なる。矢野と朝木はこの主張によって何がいいたいのか。矢野と朝木は本件記事について千葉が抗議をしていないということは、千葉はすでに記事内容を容認しているといいたいのだろうか。もちろん抗議した事実がないからといって、それが記事を容認したことにはなるまい。

 あるいは矢野と朝木は、こう主張することによって本件提訴がホームページ閉鎖の理由ではないということ、つまりホームページの閉鎖はそれが違法性を問われる恐れがあると認識したからというわけではないといいたかったのかもしれない。いずれにしても本論とはかけ離れた枝葉の主張にすぎない。

最後にようやく真実性を主張

 平成15年2月の提訴以来5年になろうとするこの裁判で、矢野と朝木が主張してきたのは以下の内容である。

①本件提訴は職務上知り得た情報の漏洩を前提としたものであり不適法である。

②本件記事は原告(千葉)が副署長として在職中の事件について、その捜査指揮及び広報が適切であるかどうかについて検討、批判等の論評を加えたものにすぎず、千葉に対する個人攻撃ではなく違法性はない。

③公務員がその職務行為を行うにあたり、故意または過失によって違法に他人に損害を与えた場合には公務員個人はその責任を負わないから、たとえ公務員の職務に対する批判言論が相当性を超えたとしても、公務員個人に対して損害を与えたとはいえない。
(公務員はその職務行為に対して個人として責任を負うことはないのだから、公務に対する論評に違法性があったとしてもその公務員が個人として違法性を問うことはできない、という趣旨のように読める)

 いずれも明代の万引きと転落死に関する具体的な主張ではない。明代の転落死後、一貫して万引きと自殺を否定し、東村山署とりわけ捜査を指揮した千葉を批判・誹謗してきた矢野と朝木にすれば、当事者である千葉に提訴されたことは逆に彼らの主張の「正しさ」を証明するまたとないチャンスである。にもかかわらず、彼らはなぜ明代の万引きと転落死について詳細な主張をしないのか。

 その矢野と朝木が明代の万引きと転落死に関する真実性・相当性の主張・立証をようやく行ったのは終結を目前にひかえた平成19年9月12日である。おおむね『東村山の闇』で主張した内容で、いずれもすでに多くの裁判で採用されなかった主張にすぎなかった。それにしても、終結間近になって真実性・相当性の主張をするのなら、矢野と朝木はなぜ最初からそれをしなかったのか。「明代の万引き事件と転落死の真相を究明する」と言い続けた者の応訴方針としてはきわめて理解しがたいものというほかなかった。

 これらの主張に対して一審の東京地裁は平成20年4月15日、千葉の提訴の適法性を認めた上で、記事1~3はいずれも千葉の社会的評価を低下させるものと認定。また真実性・相当性もないとして、矢野・朝木に対し記事1についてのみ10万円の支払いを命じる判決を言い渡した(記事2、3については損害賠償金の支払いを命じるほどのものではないとして請求を棄却した)。

 反訴についても、

〈本件陳述書には、「虚偽・歪曲や改ざん」、「変造」などといった表現が存在するものの、原告(千葉)が作成した陳述書という書面の性質からすれば、これを読む者は、被告矢野が認識している事実と原告が認識している事実が異なっているという印象を持つに過ぎないというべきである。〉

 などとして矢野の請求を棄却。矢野と朝木は判決を不服として控訴した。


(その13へつづく)




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創価問題新聞事件 第13回
150ページを越える準備書面

 控訴審になると様相は一変した。明代の万引きと転落死の事実関係について一審ではほとんど踏み込んだ主張をしなかった矢野と朝木は、控訴審ではきわめて積極的に万引き「冤罪」と「他殺説」を主張したのである。書面の分量で勝敗が決まるというものではないが、矢野と朝木が控訴審の結審までに提出した準備書面はA4用紙で優に総計150ページを超えていた。

 その内容は平成15年11月に彼らが出版した『東村山の闇』以降の主張および最近の判決までも網羅したもので、現在における「万引き冤罪」「他殺」についての彼らの主張のすべてを出し尽くしたものといえた。これらは一審ではほとんど主張されていないものだった。

 裁判所は原告被告双方の主張を十分に聞いた上で、どちらの主張に正当かつ合理的な根拠があるかを判断しなければならない。したがって、内容はともかく一方の当事者から新たな主張が提出されれば、裁判所も頭から無視するわけにはいかない。なぜ一審でこの主張をしなかったのかという疑問があったとしても、東京高裁としては矢野と朝木の主張について判断しないわけにはいかなくなったのである。

 ただ東京高裁は、少なくとも矢野と朝木の準備書面の提出の仕方に関しては不快感を隠さなかった。控訴人は控訴状のほかに控訴理由書を提出しなければならないが、矢野が控訴理由書を提出したのは控訴審第1回口頭弁論のわずか数日前だった。通常、準備書面は口頭弁論の1週間前までに提出し、口頭弁論期日までに裁判官はそれに目を通し、今後の進行等を含めて検討した上で口頭弁論に臨む。しかし、数日前に提出されたのでは内容を検討することもできない。かといって無視もできないから、必然的にもう1度口頭弁論を開かなくてはならないことになる。

 控訴審の第1回口頭弁論が開かれたのは平成20年8月26日。裁判長は矢野側代理人に対してこう述べた。

「控訴理由書の提出が遅くなったのはなぜですか。控訴人はこれまでに同じ内容の裁判をいくつもおやりになったんじゃありませんか? 仕方ありませんので、もう1回弁論を継続します。被控訴人は次回までに反論をお願いします」

巧妙な審理引き延ばし

 控訴審第2回口頭弁論が開かれたのは平成20年10月16日。この日、被控訴人の千葉は事前に矢野らの準備書面に対する反論を提出したが、口頭弁論当日、矢野らは千葉の準備書面に対する反論を提出した。裁判長は矢野らの控訴理由とそれに対する千葉の反論を見て、審理を続行するかどうかを含めた判断をしようと考えていたようである。しかし、矢野から新たな準備書面が提出されれば状況は変わってしまう。それも当日提出されたのでは、裁判官も目を通す時間もなく、当日の口頭弁論で判断することは難しくなる。裁判官は明らかに不快感を隠さず矢野の代理人にこう問うた。

「あなたはなぜ当日になって準備書面を提出するんですか。前回にも準備書面を口頭弁論前に提出するようにいったはずですよ。これは警告ですからね」

 しかし、矢野側代理人はこう言い訳した。

「本日提出した準備書面は被控訴人準備書面に対する反論でして、反論の提出は早い方がいいと思いまして……」

 裁判長は矢野側準備書面に目を通しておらず、それがどんな内容なのか知らなかった。こういわれれば裁判長も代理人の主張を認めないわけにはいかない。裁判長は代理人に謝罪し、弁論はさらに続行されることとなったのである。相手の反論が提出される口頭弁論のはずが、矢野がぎりぎりに反論を提出したことで、また新たな局面に移った状態になっていたことがわかろう。矢野はこうしてさらに審理を続行させることに成功したのである。第3回口頭弁論は11月20日に開かれることになった。

 なおその1週間後の10月29日、矢野と朝木はさらに準備書面を提出。東京地検が保管している平成7年6月19日の万引き事件当日の明代の服装を特定する銀行の防犯カメラの静止画像、書類送致の際の捜査報告書の提出を求める文書提出命令を申し立てた。

 11月20日、千葉は矢野の準備書面に対する反論を提出。文書提出命令申立に対しては、「千葉は捜査書類を所持していない」として却下を申し立てた。一方矢野は、またも千葉の準備書面を前提とした反論を提出した。準備書面のやりとりという局面だけを見れば、第2回口頭弁論のときと同じ状況になったことになる。

 しかし、裁判長は矢野の意図をすでに見抜いていたのだろう。裁判長は矢野の文書提出命令申立を却下した上で「もうこのくらいでいいでしょう」と述べ、結審することを告げた。そもそも矢野が控訴審で展開した主張は1審でやろうと思えばできたことだった。控訴審で主張するのならなぜ一審でしなかったのかという根本的な疑問があった。しかも矢野が控訴審で提出した新たな証拠は、明代の遺体も転落現場も見ることなく、司法解剖鑑定書を鑑定しただけの山形大学名誉教授、鈴木庸夫の「鑑定書」なる代物だけにすぎなかった。



(その14へつづく)

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創価問題新聞事件 第14回(最終回)
                           ★第1回から読みたい人はこちら


矢野の主張をことごとく排斥

 平成21年1月29日、東京高裁は矢野と朝木に対して10万円の支払いを命じた東京地裁判決を支持し、矢野と朝木の控訴を棄却する判決を言い渡した。千葉の提訴から丸5年がたっていた。では、一審とは異なり、150ページにも及んだ矢野と朝木の主張に対して東京高裁はいかなる判断を示したのか。矢野と朝木の主張と対照しながら東京高裁の判断を見ていこう。



転落死
(矢野側主張)

 司法解剖鑑定書には「上腕内側部に皮下出血の痕がある」と記載されており、これは他人につかまれたものであることを裏付けるものであり、転落死は「他殺」であると推認できる。法医学の権威である鈴木庸夫山形大学名誉教授も司法解剖鑑定書を「鑑定」した「司法解剖鑑定書に対する意見書」で「他人につかまれた可能性が高い」と述べている。

高裁判決
〈司法解剖鑑定書には、本件損傷が他人と争ってできた可能性があることをうかがわせる記載はなく、本件損傷の存在からは、鈴木医師の意見書に記載されているとおり、その生成原因として、明代が他人ともみ合って上腕を強くつかまれた可能性があることが認められるだけであり、明代が他人に突き落とされて本件転落死したことまで推認できるものではないことは明らかである。〉



 矢野が「法医学の権威」と称する鈴木山形大学名誉教授はもちろん明代の遺体をつぶさに検案したわけではなく、たんに司法解剖した医師が作成した司法解剖鑑定書を見ただけである。これは現実の遺体の観察に基づいて作成された司法解剖鑑定書の文言から現実の遺体の状況を類推するという転倒にほかならず、科学者としてあってはならない行為である。また鈴木教授の行為は司法解剖を行った医師および法医学そのものを冒涜する行為にほかなるまい。なお、控訴審で矢野は鈴木教授の「意見書」に加えて同教授の「鑑定書」まで提出したが、東京高裁は同鑑定書の信頼性を否定したのである。

 さらに東京高裁はこう続ける。



高裁判決
〈司法解剖鑑定書の記載に加えて、……明代の転落前後の状況(明代が転落前に人と争った気配はないこと、明代が転落後に意識があるのに、救助を求めていないこと、明代が落ちたことを否定したこと、明代が転落箇所から真下に落下していること等)を考慮すると、明代が他人に突き落とされたもの(他殺)ではないことがうかがわれる。以上によれば、本件転落死が殺人事件であると認めることは到底できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。〉



万引き事件
(矢野側主張1)

 朝木明代市議から万引きの被害を受けたと届け出た洋品店の店主の供述する真犯人の服装と、犯行当日に朝木明代市議が着ていた服装が全く異なる(矢野と朝木は万引き事件当日の明代の服装であるとして、色の異なる服装の写真を法廷に提出した)。

高裁判決
〈控訴人ら(矢野と朝木)が明代の服装として作成した再現写真と明代の監視カメラの写真について、○○(万引き被害者)は、服装の雰囲気が違うような気がすると供述し、被控訴人(千葉)は、服が同じか断定できないと供述しており、控訴人らは、明代の服装の再現写真として同一とは判定できないものを作成しているところ、控訴人らは、アリバイの裏付資料としてアリバイを裏付けることのできないレジジャーナルを提出するなどしていることに照らすと、明代の服装の再現写真なるものは必ずしも採用することができず、他に本件窃盗被疑事件の真犯人の服装と明代の服装が異なることを認めるに足りる証拠はない。〉



 矢野と朝木は、明代が万引き時刻前に振り込みのために立ち寄った銀行の防犯ビデオの静止写真が白黒だったため、白黒にすれば似たよう感じに映る洋服を朝木が着用し、「再現写真」なるものを作成した。しかし、洋服の色は被害者の証言とは異なっており、その服装なるものと本物の防犯ビデオの画像が一致しているという証拠はどこにもない。



(矢野側主張2)洋品店主は「万引き犯(朝木明代)の服装は『グリーングレーの上着に黒のブラウス』」と供述しているが、一人の目撃者は「犯人は黒っぽい服装だった」と証言している。したがって、当日白っぽい上着を着ていた明代は万引き犯ではない。

高裁判決
〈○○(目撃者の一人)の目撃内容は、明代が本件窃盗被疑事件の犯人であることをうかがわせるものであり、明代が万引きをしていないことを裏付けるものということはできない。
 そして、○○(被害者)は、……明代が万引きをしたことを明確に供述しており、控訴人らが提起した別件訴訟においても、いずれも○○の供述に信用性を疑わせるものはないとされている。
 以上によれば、明代が万引きをしていない(本件窃盗被疑事件がえん罪である)と認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。〉



 矢野と朝木はこの目撃者の「犯人は黒っぽい服を着ていた」とする証言から、「犯人は明代ではない」と主張していたが、この目撃者は別の目撃者が「犯人は朝木だ」と話していたことも証言していた。したがって東村山署もまた、明代が万引き犯であることを裏付ける証言と判断し、この目撃証言を追送検していた。被害者は明代の服装について「グリーングレーの上着」と一貫して供述しており、この洋服は白黒にすれば白っぽく映っている。以上の状況から、明代の服に関するこの目撃者の証言について裁判所は信憑性がないと判断、むしろ他の目撃者の「犯人は朝木」という話を聞いたとする証言を重視したのである。

別件判決に対する明確な判断

 矢野と朝木はこれまでの判決について彼らの都合のいい部分のみを抜き出し、それによって彼らの主張する「万引き冤罪」と「他殺説」があたかも認定されたかのような主張を続けてきた。では、この部分に対する東京高裁の判断はどうか。



潮事件
(矢野側主張)

 平成14年3月28日、雑誌「潮」事件判決で東京地裁は、東村山警察の捜査結果を検討した上で、「司法解剖の結果、亡明代の左右の上腕内側部に皮膚変色が認められたこと」を根拠の筆頭に挙げて「朝木明代市議が自殺したとの事実が真実であると認めるには足りない」と判示認定し、また「同人を『万引き被疑事件』の犯人と断定するに足りない」と判示認定し、事実上、東村山警察の捜査結果を否定している。

高裁判決
〈いわゆる潮事件判決は、明代が本件窃盗被疑事件の犯人の可能性は相当程度に達するものと思われるが、なお明代を本件窃盗被疑事件の犯人と断定するには足りない、明代の死因が自殺であるとみる余地は十分にあるが、なお明代が自殺したとの事実が真実であると認めるには足りないとしたものであり、本件転落死が殺人事件である(明代の死因が他殺である)こと、及び明代が万引きをしていない(本件窃盗被疑事件の犯人でない)ことが真実であるとしたものではなく(明代が万引きをし、万引きを苦にして自殺したことは同判決で否定された旨の控訴人らが出版した書籍の記述は、当たらない)、……控訴人ら主張の真実性を否定する趣旨であることが明らかである。〉



 潮事件については、矢野は一審で敗訴したものの控訴しなかった。「明代を万引きの犯人とするには足りず、自殺が真実であると認めるに足りない」とした部分が使えると判断したためだろう。事実その後、矢野は多くの裁判で潮判決を援用してきた。しかしそれが詭弁であることを、東京高裁はあらためて認定したということになる。



FM東村山事件
(矢野側主張)

 平成19年6月20日、東京高裁は司法解剖鑑定書および「鈴木鑑定意見書」を援用して「『上腕内側は、一般に、転落による外力などが作用しにくい箇所であること』、『他人ともみ合い、上腕を強くつかまれたような場合には、上記箇所に皮膚変色部(皮下出血)が生ずる可能性があること』という事実に照らすと、少なくとも被控訴人(矢野)が本件のアザが他殺を疑わせる証拠となるようなものであると信じたことについては相当の理由があるというべきである」と判示認定している。

高裁判決
〈FM放送事件判決は、アザ(本件損傷)が他殺を疑わせる証拠となるようなものであることについての相当性について判断しただけであり、その真実性については判断しておらず、まして、本件転落死が殺人事件である(明代の死因が他殺である)としたものでないことが明らかである。〉



 このFM東村山判決もまた、明代の遺体に残された上腕内側部の皮下出血の痕が「他殺の証拠」と認めたわけではなく、同僚である矢野がそれを「他殺の証拠」と考えたことはやむを得ないとしたにすぎない。それを矢野は他殺の証拠と認定したかのように主張した。東京高裁はこの点に関する矢野の主張もまた明確に否定したのである。

 自分が判断を下したわけではない裁判の判決書の読み方まで判示する判決というのも珍しかろう。この点については、矢野と朝木が判決を都合のいいように解釈し、利用してきたことに対する裁判所の強い意思を示したもののようにも感じられる。

自ら墓穴を掘った判決

 東京高裁が示した判決内容を見ると、これまで矢野と朝木が明代の「万引きを苦にした自殺」という事実を否定するために主張してきた内容をことごとく、それも具体的にすべて排斥したものであることがわかる。矢野と朝木が詳細な主張をしなかったためにたんに名誉毀損の成立を認めただけで終わった一審判決と比べれば、その違いは歴然である。

 控訴が棄却される場合、一審判決に若干高裁独自の判断が加わる程度で、今回の判決ほど詳細な検討を行う例は珍しかろう。一審で敗訴した矢野と朝木は、一審判決を覆すためにそれまでしなかった具体的な主張を行った。その結果、控訴審は若干長引いた。しかしその分、東京高裁は矢野の主張に従って詳細な検討を行った。最終的に、明代の「万引き冤罪」と「他殺説」を主張する彼らの根拠は完膚なきまでに否定されるという結末を招いたのである。矢野と朝木は平成21年2月10日上告したが、確定を長引かせるにすぎまい。

(了)

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「創価問題新聞事件」最高裁判決 第1回
 東村山市議、矢野穂積と朝木直子(草の根市民クラブ)が運営していたインターネット「創価問題新聞」の記事によって名誉を毀損されたとして、千葉英司元東村山警察署副署長が損害賠償などを求めて提訴していた裁判は、平成21年7月3日、最高裁が矢野と朝木の上告棄却を決定、彼らに10万円の支払いを命じた東京高裁判決(平成21年1月29日)が確定した(控訴審までの経緯の詳細については「創価問題新聞事件」を参照)。

東京高裁の認定

 東京高裁はこの裁判の「真実性及び相当性の証明の対象となる事実は、本件転落死が殺人事件であること、及び明代が万引きをしていないこと(本件窃盗被疑事件がえん罪であること)である。」とし、矢野と朝木の主張を検討している。

 控訴審で矢野と朝木が主張した内容は主として、

①転落死については司法解剖鑑定書に記載された明代の上腕内側部の皮下出血の痕は「他人につかまれた」ものであり、「他殺」である。

②万引きについては「真犯人の服装と明代の服装が異なる」、「明代が万引き犯でないことを裏付ける目撃者がいる」ことなどから「冤罪」である。

③「潮事件」判決、「FMひがしむらやま事件」判決から、「他殺」と「冤罪」には真実性・相当性が認められる。

 というものである。これらについて東京高裁は、次のように述べて矢野と朝木の主張を排斥している。あらためて東京高裁の判断を確認しておこう。



転落死

真実性
〈司法解剖鑑定書には、本件損傷が他人と争ってできた可能性があることをうかがわせる記載はなく、本件損傷の存在からは、鈴木医師(鈴木庸夫=山形大学名誉教授。矢野と朝木が司法解剖鑑定書の「鑑定」依頼した法医学者)の意見書に記載されているとおり、その生成原因として、明代が他人ともみ合って上腕を強くつかまれた可能性があることが認められるだけであり、明代が他人に突き落とされて本件転落死したことまで推認できるものでないことは明らかである。〉

〈また、鈴木医師が控訴人らの鑑定嘱託を受けて作成した鑑定書には、本件損傷が生じた原因について、「自分で強く掴むとか、救急隊員が搬送する際に強く掴むとか、落下の際、手すりにより生じたことも、落下の途中で排水縦パイプに衝突して生じたこととか、落下して地面のフェンスとか、排気口との衝突で生じたこともあり得ず、従って、他人と揉み合った際に生じたことが最も考え易い。」とされているところ、……(それらの)可能性を否定する根拠も十分なものでないといわざるを得ず、鈴木医師の鑑定書の上記記載は採用することができない。〉

〈司法解剖鑑定書の記載に加えて、……明代の転落前後の状況(明代が転落前に人と争った気配はないこと、明代が転落後に意識があるのに、救助を求めていないこと、明代が落ちたことを否定したこと、明代が転落箇所から真下に落下していること等)を併せ考慮すると、明代が他人に突き落とされたもの(他殺)ではないことがうかがわれる。〉

〈以上によれば、本件転落死が殺人事件であると認めることは到底できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。〉

相当性
〈控訴人らは、鈴木医師の意見を求める前の上記掲載当時、本件損傷のような皮下出血があることを知っていたことから、本件損傷の存在から、これが加害者ともみ合うなどして争った際についたものであり、本件転落死は他殺であると信じたものと認められるが、本件損傷の存在からは……その生成原因として、明代が他人ともみ合って上腕を強くつかまれた可能性があることが認められるだけであるところ、控訴人らは、明代の転落前後の状況として、その提起した……別件訴訟の結果により、(明代が転落前に人と争った気配はないこと、明代が転落後に意識があるのに、救助を求めていないこと、明代が落ちたことを否定したこと、明代が転落箇所から真下に落下していること等)の事実を知っていたのであるから、これらの事実を無視又は等閑視して、本件損傷の存在から、本件転落死が他殺であると信じるについて相当の理由があったということはできない。〉

万引き

真実性
〈控訴人らが明代の服装として作成した再現写真と明代の監視カメラの写真について、(万引き被害者)は、服装の雰囲気が違うような気がすると供述し、被控訴人(千葉)は、服が同じか断定できないと供述しており、控訴人らは、明代の服装の再現写真として同一とは判定できないものを作成しているところ、控訴人らは、アリバイの裏付資料としてアリバイを裏付けることのできないレジジャーナルを提出するなどしていることに照らすと、明代の服装の再現写真なるものは必ずしも採用することができず、他に本件窃盗被疑事件の真犯人の服装と明代の服装が異なることを認めるに足りる証拠はない。〉

〈また、○○の目撃内容は、明代が本件窃盗被疑事件の犯人であることをうかがわせるものであり、明代が万引きをしていないことを裏付けるものということはできない。〉

〈(万引き被害者は)……明代が万引きをしたことを明確に供述しており、控訴人らが提起した別件訴訟においても、いずれも(万引き被害者)の供述に信用性を疑わせるものはないとされている。〉

〈以上によれば、明代が万引きをしていない(本件窃盗被疑事件がえん罪である)と認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。〉

相当性
〈本件窃盗被疑事件の真犯人の服装と明代の服装が異なると信じるについて相当の理由があることを認めるに足りる証拠はなく、また、○○の目撃内容は、上記説示のとおり明代が本件窃盗被疑事件の犯人であることをうかがわせるものであるから、明代が万引きをしていないと信じる相当の理由にはならない。〉

別件訴訟判決

潮事件
〈潮事件判決は、明代が本件窃盗被疑事件の犯人の可能性は相当程度に達するものと思われるが、なお明代を本件窃盗被疑事件の犯人と断定するには足りない、明代の死因が自殺であるとみる余地は十分にあるが、なお明代が自殺したとの事実が真実であると認めるには足りないとしたものであり、本件転落死が殺人事件である(明代の死因が他殺である)こと、及び明代が万引きをしていない(本件窃盗被疑事件の犯人ではない)ことが真実であるとしたものではなく(明代が万引きをし、万引きを苦に自殺したことは同判決で否定された旨の控訴人ら(矢野と朝木)が出版した書籍(「東村山の闇」)の記述は、当たらない。)、その上記説示に照らすと、控訴人ら主張の真実性を否定する趣旨であることが明らかである。〉

FMひがしむらやま事件
〈FM放送事件は、アザ(本件損傷)が他殺を疑わせる証拠となるようなものであることについての相当性について判断しただけであり、その真実性については判断しておらず、まして、本件転落死が殺人事件である(明代の死因が他殺である)としたものでないことが明らかである。〉

〈FM放送事件は、……アザ(本件損傷)が他殺を疑わせる証拠となるようなものであることについての相当性について判断したものであり、本件転落死が殺人事件である(明代の死因が他殺である)ことについての相当性について判断したものではないから、同判決を基に本件において相当性があるということはできない。〉



 平成21年1月29日、東京高裁は矢野と朝木の主張に対してこう述べ、彼らの控訴を棄却したのである。

 明代の「万引き冤罪」と「他殺」を主張していた矢野と朝木は平成8年に『聖教新聞』を提訴して以後、多くの裁判を起こしてきたものの、彼らの主張が認められた裁判は1つもない。法廷での主張をすべて排斥された矢野と朝木が、客観的立証を必要としない法廷外で「万引き冤罪」と「他殺説」を蒸し返しそうと企んだのが『東村山の闇』の出版だった(平成15年11月)。その中身はすべてそれまで裁判所で排斥されたものにすぎない。

 矢野と朝木は敗訴した裁判についても判決文の中から彼らに都合のよい部分だけを切り取って、あたかも裁判所が明代の万引きと自殺を否定したかのように主張していた。しかし東京高裁は、この点に関する『東村山の闇』の当該部分についてもわざわざ「(彼らの主張は)当たらない」と断定している。『東村山の闇』における主張も含めて矢野と朝木の主張をすべて否定したものといえる。

自殺を推認させる事実を「無視または等閑視」 

 この東京高裁判決で重要なのは、矢野と朝木の「万引き冤罪」と「他殺」の主張をすべて排斥したこととともに、矢野と朝木が明代の「他殺」を否定する(自殺を推認させる)多くの事実〈明代が転落前に人と争った気配はないこと、明代が転落後に意識があるのに、救助を求めていないこと、明代が落ちたことを否定したこと、明代が転落箇所から真下に落下していること等〉の存在を知っていたにもかかわらず、〈これらの事実を無視又は等閑視(した)〉と指摘していることである。矢野と朝木は、明代の万引きを否定するために、自殺を推認させる事実を無視しようとしたことを裁判官は見抜いたのだろう。

 事実は、矢野と朝木は明代の自殺を推認させる事実を無視しようとしただけではなかった。とりわけ転落した明代の身を案じ、「救急車を呼びましょうか?」と話しかけたハンバーガー店のアルバイト店員を非難し、明代が救急車を断った事実を握りつぶそうとしたのである。「救急車を呼びましょうか?」「いいです」という会話が、自殺を推認させるものであることを矢野と朝木が十分に認識していたからにほかならなかった。

 事件の真相究明を求めているはずの矢野と朝木が、この重要な事実を〈無視又は等閑視〉したとはどういうことか。矢野と朝木が明代の自殺を「他殺」であるかのようにみせかけるためだったと考える以外に、その目的は思いつかない。とりわけ明代の万引き事件でアリバイ工作と被害者への威迫行為に深く関与し、書類送検の原因を作った当事者である矢野穂積にとって、明代の転落死を「自殺」と認めることはできなかったのである。     
                                                          (宇留嶋瑞郎)

(つづく)

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「創価問題新聞事件」最高裁判決 第2回
 平成7年9月1日に朝木明代が転落死(自殺)を遂げて以後、矢野穂積と朝木直子は多くの裁判を起こし、「万引き冤罪」と「他殺説」を主張してきた。彼らの主張はすべての裁判で排斥されたが、この高裁判決ほど彼らの主張に沿って具体的かつ明確に否定した判決はない。だからこそよけいにこの判決は、矢野と朝木にとってとうてい受け入れられるものではなかった。

上告理由書の主張

 矢野と朝木が東京高裁に対して上告受理申立書を提出したのは平成20年2月16日。同年4月8日には上告受理申立理由書を提出している。では、矢野と朝木は理由書でどんな主張をしていたのか。
 
 この裁判で矢野と朝木が唯一新たな根拠として主張したのは、法医学者の鈴木庸夫が司法解剖鑑定書を「鑑定」したという傲慢きわまる代物だった。一般に裁判などでは、司法解剖鑑定書に記載された事項の判断をめぐり、司法解剖鑑定書を「鑑定」することは珍しいことではないという。問題はその内容ということになろう。矢野と朝木が理由書でまず主張したのは、鈴木名誉教授の「鑑定書」の内容を東京高裁が採用しなかった(否定した)点だった。参考までに理由書における彼らの主張をみよう。



〈(法医学者の鑑定意見が証拠となっている場合における、裁判所の判断の在り方に関する最高裁判例)
 最高裁判例は「責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度等について、専門家たる精神医学者の鑑定意見等が証拠となっている場合には、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、裁判所は、その意見を十分に尊重して認定すべきである」(最高裁判例)
 とし、「専門家の鑑定意見等を採用し得ない合理的な事情が認められる」場合というのは、「専門家たる精神医学者の鑑定意見等が証拠となっている場合には、これを採用し得ない合理的な事情が認められる」場合であるとしている。
 ……本件司法解剖鑑定書の記載事実及び「上腕内側部に皮下出血を伴う皮膚変色痕の存在」に関する判断についても、臨床経験のある法医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、同様に「これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、裁判所は、その意見を十分に尊重して認定すべきである。」〉



 専門家の鑑定意見に耳を傾けるべきであるとは、一般論としては最高裁も認めるとおりでなんら異論はない。ただ、最高裁の判示に従えば当然、明代の死因の鑑定結果については、裁判所はまず実際に司法解剖を行い、鑑定した東京慈恵医大の医師による司法解剖鑑定書を判断の基本とするべきということになろう。

 司法解剖鑑定書には明代の上腕内側部に皮下出血の痕があったことは記載されているが、この点について東京高裁は〈司法解剖鑑定書には、本件損傷が他人と争ってできた可能性があることをうかがわせる記載はなく、……明代が他人に突き落とされて本件転落死したことまで推認できるものでないことは明らかである。〉と判断しているとおりで、この判断は矢野が援用する最高裁判決になんら違背するものではない。

 法医学の「権威」であるらしい鈴木は、司法解剖鑑定書がなんらの指摘もしていないにもかかわらず、明代の上腕内側部の皮下出血の痕について「他人からつかまれた可能性が高い」と述べていた。しかしいかに「権威」であろうと、上腕内側部に皮下出血の痕があるというだけで、現場も遺体も見ないまま、それが他人からつかまれたものであると推認できるはずもない。

 さらに矢野と朝木は次のように主張している。



〈申立人ら(矢野、朝木)が鑑定を委嘱した鈴木庸夫名誉教授は、各鑑定書末尾に記載されている通り、学識、経歴、業績に照らしても申し分がなく、鑑定において採用されている前提資料の検討も十分であって、結論を導く過程にも、重大な破たん、遺脱、欠落は見当たらない基本的に高い信用性を備えているというべきである。〉

〈然るに、原判決は、「司法解剖鑑定書には、本件損傷が他人と争ってできた可能性があることをうかがわせる記載はなく」とした点で、すでに「法医学の常識」を踏まえない恣意的解釈により初歩的な誤りをおかしていて、むしろ「朝木明代議員の上腕内側部に存在する皮下出血を伴う皮膚変色痕は他人と揉み合いなど、争った跡であることが推認できる」とした鈴木鑑定が基本的に信用するに足りるものであるにもかかわらず、これを採用できないものとした原判決の証拠評価は失当であって、……原判決を破棄しなければ著しく正義に反する。〉



 確かに鈴木名誉教授の学識、経歴、業績は申し分のないものなのだろう。しかし、鈴木が鑑定にあたって矢野から提供された資料が十分なものといえるかどうかについては疑問がある。

 鈴木が鑑定書の「鑑定」資料としたのは司法解剖鑑定書、事件現場写真、救急隊長陳述書、救急隊員陳述書、救急活動記録表、(救急活動)再現ビデオに関する説明資料、救急医陳述書、別件判決書である。「権威」の鑑定が、多くの資料に基づいたものであることはわかるが、司法解剖鑑定書を除いて、これらの資料はいずれも二次的なものにすぎない。この「権威」の鑑定は明代の遺体という最も重要な一次資料を欠いている。

 鈴木は「鑑定書」で、救急隊員がつかんだ可能性を含め、上腕内側部に皮下出血が生じる可能性を検討し、最終的に救急隊員以外の他人からつかまれて生じた可能性が高いと結論付けた。しかし、断片的な資料のみでは明代が転落時に上腕内側部をどこかにぶつけた可能性を100%否定することはできない。東京高裁は「権威」の鑑定よりも司法解剖鑑定書の記載を重視し、次のように認定した。

〈(明代の上腕内側部に残された皮下出血の痕が転落時にどこかにぶつけるなどしてできた)可能性を否定する根拠も十分なものでないといわざるを得ず(鈴木医師が控訴人らから提供されて検討したとする乙56の1ないし8、57ないし61(上記「鑑定」資料)によって、他の可能性を否定することはできない。)、鈴木医師の鑑定書の上記記載は採用することができない。〉

 矢野のいうように鈴木教授の「鑑定」は「前提資料の検討も十分」だったのかもしれない。しかし東京高裁は前提資料自体が不十分と判断していることがわかろう。当然ながら、前提資料が不十分であれば十分な鑑定をすることはできない。こうして東京高裁は、〈本件転落死が殺人事件であると認めることは到底できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。〉と結論付けたのである。

遺体を見ない「鑑定」

 ところがこの「権威」は東京高裁の判断にプライドを傷つけられたと感じたのか、こう反論している(「鑑定補充書」)。



〈上腕内側に皮下出血がある場合は、まず第一に他人との揉み合いなど、争った跡を推定するのが「法医学の常識」である。個々の例では、他人と争った原因以外の原因で、上腕内側に皮下出血が生じ得る可能性を検討し、それらのすべてが否定されれば、この例の上腕内側の皮下出血は他人と争った際に生じたと言えるのである。
 ところで、亡朝木明代殿の左右上腕内側の皮下出血の成因として「他人と争った」以外の成因はすべて否定されるのであって、従って、亡朝木明代殿の左右上腕内側の皮下出血は、他人と揉み合った際に生じたこと以外は考えられず、他人と争った際に生じたと考えるのが妥当と認められる。〉



「法医学の常識」には、遺体を実際に観察することは含まないのか。遺体に残された皮下出血の痕を見ないまま、「他人と争った原因以外のすべての原因が否定された」とはいえまい。この「権威」の「鑑定書」には、一次資料である遺体の観察を欠いていることに対する自省はみじんも感じられない。科学に対する傲慢である。

 なお、司法解剖鑑定書には遺体の状況を特徴付ける16枚の写真が添付されている。その中には「上腕内側部」は含まれていない。鑑定医は死因を特定する上で上腕内則部の皮下出血の痕を重要とは認めなかったものと理解できよう。16枚の写真のうち「胸腹部の状態」を示す写真にはわずかに上腕内側部が映っているが、少なくともその写真によっては「他人からつかまれた痕(指の痕等)」と推認できるような痕跡を確認することはできない。

(つづく)

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「創価問題新聞事件」最高裁判決 第3回
 上告理由書のもう1つの主張の柱は明代の万引き事件に関してである。矢野と朝木はこう主張している。

本筋を離れた主張



〈原判決は、1995年7月22日付捜査報告書に貼付された防犯ビデオ写真(捜査時写真)と再現写真(乙31=万引き事件当日の明代の服装であるとするキャッシュコーナーの写真、乙32=同じ服装のファミレス駐車場で撮影したカラー写真)について、以下のように、証拠の評価を誤った違法があり、ひいては事実を誤認したものといわざるを得ず、また、これが単なる事実認定上の問題にとどまらず、法律判断を誤り、判決に影響することは明らかであって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとなることは明らかである。〉



 矢野と朝木は東京高裁判決のどの部分が「証拠の評価を誤り」、「事実を誤認した」と主張しているのか。彼らは続けて原判決を引用し、それに対する反論を以下のように述べる。



〈すなわち、原判決は、以下のとおり判示している。

「東村山署は、本件窃盗被疑事件の書類送検後に、明代が本件窃盗被疑事件が発生したとされる時刻前に銀行のキャッシュサービスコーナーに寄ったことについて裏付け捜査をし、銀行の監視カメラにより明代を斜め後方から撮影した白黒の映像(写真)を入手し、捜査資料として追送致した。これに対し、控訴人らは、その写真の閲覧ができなかったため、控訴人朝木において明代が当日着用していたとする服装を着用して再現写真(乙31)なるものを撮影、作成した。

 そして、……(S新聞事件)において平成12年2月7日に実施された○○(万引き被害者)の被告本人尋問において、○○(万引き被害者)は、明代の服装について、グリーングレーのパンツスーツに黒の襟の立ったチャイナカラーのブラウスに黒っぽいバッグを持っていた、監視カメラの写真と上記再現写真とは服装の雰囲気が違うような気がするなどと供述した。また、同日に実施された被控訴人(千葉)の証人尋問において、被控訴人は、上記再現写真は監視カメラの写真と服が同じか断定できないが、雰囲気としてよく似ている、監視カメラの写真の服装等と○○(万引き被害者)の供述はほぼ一致していた、……などと供述した。

 なお、控訴人ら(矢野、朝木)は、平成10年3月3日にも、明代の服装の再現写真(乙32)なるものを撮影、作成しているが、2枚の再現写真の服装が同一であるとは判定できない。

 原判決の前記判示のうち、太字傍線部2箇所は全く客観的事実に反する。すなわち、「控訴人らは、その写真の閲覧ができなかったため、」と原判決は断定するが、これは、全く客観的真実に反する。このことは、「監視カメラの写真(捜査時写真)」が1995年7月22日付け捜査報告書に貼付されていた事実を申立人らが知っていることは、すでに申立人らが「監視カメラの写真(捜査時写真)」を現認した事実を示す明らかな証左であって、その記憶に基づいて「再現写真」が撮影されたことも明らかなのであって、この再現写真によって、洋品店主○○が目撃した「チャイナカラー」のブラウスを着用した「万引き真犯人」と「監視カメラの写真(捜査時写真)」つまり「再現写真」に写った朝木明代議員の服装は一致しておらず、朝木明代議員は「万引き犯」でないことが……判明したのである。〉(下線は矢野



 さらに矢野と朝木は、監視カメラの写真(捜査時写真)を見たとする状況について次のように主張している。



〈朝木直子は、同年(平成7年)11月、同地検支部で本件朝木明代議員関係事件に関して事情を担当信田検事に話した際、同検事が1995年7月22日付前記「捜査報告書」に貼付された「写真」(「捜査時写真」)に映った朝木議員の服装を閲覧させたため、見入ることができ、その後も別の検察官から、控訴人矢野、同朝木はこの写真(「捜査時写真」)を見せられたので、朝木明代議員の「万引き事件」当日の服装は鮮明に記憶に残った。〉



 つまり矢野と朝木は、捜査報告書に貼付された「監視カメラの写真」を「閲覧」していて、それを鮮明に記憶できたのだから、彼らがその記憶に基づいて作成した「再現写真」の明代の服装は「監視カメラの写真」と同一なのだといいたいらしい。

 矢野と朝木が検察官から「監視カメラの写真」を見せられたことはおそらく事実だろうと私はみている。そうでなければ、白黒にすれば「監視カメラの写真」によく似たものになる「再現写真」を作ることはできない。検察官は明代の万引きが事実で、言い逃れできるものではないことを彼らにわからせるために、被害者の供述と一致した「監視カメラの写真」を見せたのではないかと私は推測している。

 ただ、検察官が彼らに「監視カメラの写真」を見せたということが東京高裁判決のいう「閲覧」にあたるかどうかは別問題だろう。通常、裁判書類の「閲覧」という場合には手続きが必要で、刑事裁判書類の場合には公判終了後に限られる。明代の万引き事件は「被疑者死亡により不起訴」で終結しているから当然、「閲覧」の対象とはならない。通常の手続で刑事訴訟記録を閲覧できた場合には、当事者や代理人であれば捜査記録のコピーすることもできる。したがって、矢野と朝木が本当に「捜査時写真」を検察官から見せられたとしても、それは厳密な意味での「閲覧」とはいえず、東京高裁の「写真の閲覧ができなかった」とする認定は必ずしも誤りとはいえないことになる。

地検に「本物」を提出しなかった不思議

 また、矢野と朝木が検察官から見せられたことをもって「閲覧」したといえたとしても、彼らはなぜたんに「記憶にとどめる」だけでなく、「監視カメラの写真」をコピーすることを要求しなかったのか。弁護士もついているのだから、彼らが本気で服装の違いを訴えたいのなら「明代の無実を証明するため」としてコピーを要求し、それが「再現写真」と同一なのであれば、その「ベージュ」のパンツスーツを地検に提出すればよかったのではあるまいか。

「ベージュ」の上着には、裾が紐で絞れる構造になっているという特徴があり、ブラウスにも襟の立ったチャイナカラーという特徴がある(彼らの「再現写真」のブラウスは襟の立っていない普通の形状のブラウスで、明らかな違いがある)。それを「監視カメラの写真」と照合し、一致すれば、平成7年の段階で明代の無実が証明でき、「自殺説」を否定する重要な材料となっただろう。

 しかし、これまでの訴訟記録のどこを探しても、矢野と朝木が検察官に対して「監視カメラの写真」のコピーを要求したという話はまったく出てこない。また、朝木がそのスーツを着て写真撮影したのは平成10年3月3日である。この間になぜ3年以上の時間を要したのだろう。

 さらにその「再現写真」を公にしたのが、その2年後の『聖教新聞』裁判の被害者に対する尋問の場だったのはなぜなのか。裁判は平成8年に始まっていた。「再現写真」が本物だというのなら、裁判の途中で彼らの主張する「明代の服装」を明らかにすることに何の支障もあるまい。しかし矢野と朝木は、万引き被害者に対する尋問の日まで「再現写真」を明らかにはしなかった。これは不思議なことではあるまいか。

 いずれにしても、重要なのは朝木が母親の明代に扮し、矢野が撮影させた「再現写真」が本当に万引き事件当日の明代の服装だったかどうかである。矢野と朝木が地検で「監視カメラの写真」を仮に見ていたとしても、「再現写真」の服装が「監視カメラの写真」の服装と同一だったという客観的な裏付けはどこにもない。むしろ、法廷で「再現写真」を見せられた万引き被害者はその同一性を否定している。

 矢野と朝木は「監視カメラの写真(捜査時写真)」=「再現写真」とする強引かつ一方的な前提のもとに、「再現写真」を被害者が否定したことをもって「明代の服装は万引き犯の服装とは異なる」と主張している。しかし、そもそも「監視カメラの写真(捜査時写真)」=「再現写真」という主張にはなんらの裏付けもない。したがって、被害者が「再現写真」の服装が事件当日の明代の服装ではないと証言したことは、たんに「再現写真」がニセ物であるという以上の意味を持たないのである。

 したがって、東京高裁の「閲覧ができなかったため」という認定が仮に「見ていない」という趣旨だったとしても、「再現写真」がニセ物であるという判断にはなんらの影響も及ぼさない。「見た」ものとその「再現写真」がただちにイコールであるという保証がどこにあろうか。矢野と朝木は東京高裁の「閲覧ができなかったため」などという文言をあげつらう前に彼らの「記憶」が間違っていないことを立証しなければならない。

 はっきり記憶したというのであれば、万引き当日の明代の服装を矢野と朝木はなぜただちに探し出し、地検に提出しなかったのか。彼らが主張するベージュのスーツには特徴があるのだから、探すのはそう難しくはなかったはずである。本物と主張するにもかかわらず、そのスーツを地検に提出しなかった事実もまた「再現写真」がニセ物であることを示している。

(つづく)

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「創価問題新聞事件」最高裁判決 第4回
 上告理由書ではもう1点、万引き被害者と千葉元副署長の「聖教新聞」裁判における供述をめぐり、客観的な前提を欠く主張を展開している。

きわめて正当な認定

 被害者は「聖教」裁判で、矢野から「再現写真」を見せられ、そこに映った明代の服装が「万引き当日のものとは違うようだ」と供述。千葉は「断定できないが、雰囲気としてよく似ている」(趣旨)と供述している。東京高裁は被害者と千葉の供述を次のように評価し、明代が万引き犯ではないとする矢野らの主張を退けた。

〈控訴人ら(矢野と朝木)が明代の服装として作成した再現写真と明代の監視カメラの写真について、○○(万引き被害者)は、服装の雰囲気が違うような気がすると供述し、被控訴人(千葉)は、服が同じか断定できないと供述しており、被控訴人らは、明代の服装の再現写真として同一とは判定できないものを作成しているところ、控訴人らは、アリバイの裏付資料としてアリバイを裏付けることのできないレジジャーナルを提出するなどしていることに照らすと、他に本件窃盗被疑事件の真犯人の服装と明代の服装が異なることを認めるに足りる証拠はない。……
 以上によれば、明代が万引きをしていない(本件窃盗被疑事件がえん罪である)と認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。〉

 ほぼ正当な認定判断である。

客観的前提を欠いた主張

 しかし、この東京高裁の判断に対し、矢野と朝木は上告理由書でこう反論した。



〈原判決は、洋品店主○○は「監視カメラの写真と上記再現写真とは服装の雰囲気が違うような気がするなどと供述した」と認定し、一方、相手方千葉は「被控訴人は、上記再現写真は監視カメラの写真と服が同じか断定できないが、雰囲気としてよく似ている」と供述した旨認定した。

 結局のところ、相手方千葉は、「監視カメラの写真(捜査時写真)」=「再現写真」であると供述したのに対して、洋品店主○○は「再現写真」≠「監視カメラの写真(捜査時写真)であると供述し、客観的にみて、洋品店主○○が目撃した「万引き犯」の服装は「再現写真」とも「監視カメラの写真(捜査時写真)」とも一致することはありえないにもかかわらず、原判決は、何の理由も示さずに「監視カメラの写真等と○○(被害者)の供述はほぼ一致していた」としたのである。

 しかも、これに加えて、原判決は、千葉証人証書に明確に記載された以下の相手方千葉の供述のうち、一部分だけを切り取って、趣旨が全く逆に加工、変造しているのである。

 相手方千葉の供述は、「服もちょっと断定はできませんが、雰囲気としてはよく似ておりますね。鮮明ですね。撮影を教えていただければ幸いですか。」であるのに対して、原判決の認定は以下の通りである。

「しかしながら、控訴人らが明代の服装として作成した再現写真と明代の監視カメラの写真について、○○(万引き被害者)は、服装の雰囲気が違うような気がすると供述し、被控訴人は、服が同じか断定できないと供述しており、被控訴人らは、明代の服装の再現写真として同一とは判定できないものを作成している」

 要するに、原判決は相手方千葉が「断定はできませんが、雰囲気としてはよく似ておりますね。鮮明ですね。……」と供述し「よく似ている。鮮明だ」としているのを「被控訴人は、服が同じか断定できない」と供述したように相手方千葉の供述内容を作り変えた上で、「被控訴人らは、明代の服装の再現写真として同一とは判定できないものを作成している」と決め付けている。

 因って、原判決には、「監視カメラの写真(捜査時写真)」及び「再現写真」に関する前記証拠の採否及び証拠の評価を誤った違法があり、ひいては事実を誤認したものといわざるを得ず、また、これが単なる事実認定上の問題にとどまらず、法律判断を誤り、判決に影響することは明らかであって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとなることは明らかである。〉



 矢野は、千葉が「再現写真」と「捜査時写真」の服装が「同一」と認めたことにし、被害者が「再現写真」の服装と犯行当日の明代の服装が「違う」と供述したことを利用し、「犯人は明代ではない」とするややこしい詭弁を組み立てていたのである。もちろんその前提として、「再現写真」の服装が「捜査時写真」の服装と同一であることが客観的に証明されていなければならない。ところが、矢野はその同一性が自明であるかのように主張しているものの、彼らがそう主張しているだけにすぎず、なんら客観的な証拠はなかったのである(むしろ「再現写真」が、白黒にすれば「捜査時写真」に近くなるスーツを選んで本物に仕立て上げた「よく似たニセ物」であることは本連載第3回で述べたとおりである)。

 矢野は東京高裁が千葉の供述を逆の意味に「加工、変造している」などと主張しているが、「雰囲気としてはよく似ている」とする千葉の供述が「監視カメラの写真」と「再現写真」の同一性を認めたものでないことは明らかで、東京高裁の判断にはなんらの不自然もない。なお、「監視カメラの写真」も「再現写真」もモノクロのビデオを静止画像化したもので、そもそもそれほど鮮明なものではない。したがって、東京高裁が矢野の作出した「再現写真」とカラーの「再現写真」の同一性を認めなかった点も、写真の性能に起因するものと考えられる。

 本連載第3回で触れたように、「再現写真」が本物ならばわざわざ直子に着せて、たくぎんにキャッシュコーナーのカメラを借りて撮影するというような手の込んだことをする必要はない。ベージュのスーツが本物と主張するのなら、現物を地検に持ち込む方がより確実にしかも早く明代の万引き犯の汚名を晴らすことができるのである。

 矢野と朝木がそれをしなかったのは、明代の犯行時の服装は被害者の証言どおり、グリーングレーのパンツスーツにチャイナカラーのブラウスだったのであり、ベージュのパンツスーツではなかったからにほかならない。したがって、どちらもニセ物なのだから、2枚の「再現写真」が同一であろうとなかろうと、同一性の判断が判決に影響する余地はない。最高裁が矢野の上告理由を棄却したのはきわめて妥当な判断だったのである。

(つづく)

テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

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「創価問題新聞事件」最高裁判決 第5回
「創価問題新聞」裁判の控訴審判決で東京高裁は、朝木明代の「万引き」とそれを苦にしたとみられる「自殺」について、矢野と朝木がそれを否定するために持ち出した「目撃者証言」、「万引き当日の明代の服装の再現写真」(以上、万引き事件)、「上腕内側部の皮下出血の痕に関わる法医学者の鑑定」(転落死)をすべて否定し、

〈明代が万引きをしていない(本件窃盗被疑事件がえん罪である)と認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない〉

〈本件転落死が殺人事件であると認めることは到底できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない〉

 と結論づけた。この東京高裁とその判断を追認した平成21年7月3日の最高裁判決ほど、矢野と朝木の主張する「万引き冤罪説」と「他殺説」を明確に否定した判決はなく、その点においてこの判決はきわめて重要な意味を持つ。

「創価問題新聞」判決を「否定した」という虚偽宣伝

 一方、矢野と朝木が「万引き冤罪」と「他殺」を主張して平成15年に発行した『東村山の闇』の記述をめぐる裁判では平成21年3月25日、東京高裁は一審判決を覆して千葉の請求を棄却する判決を言い渡し、「創価問題新聞」の最高裁判決から11日後の平成21年7月14日、最高裁は千葉の上告を棄却する判決を言い渡した。裁判官は独立した存在で、法律と最高裁判例以外には拘束されないとはいえ、同じ事件をめぐる裁判であるにもかかわらず、主文においてなぜこれほど正反対の判決になったのか。

「東村山の闇」事件の最高裁判決後、矢野はホームページでこう書いている。



〈7月14日、最高裁は、千葉元副署長の申し立てを却下する決定を行い、最終的に、矢野、朝木両議員の勝訴が確定しました。
 この結果、千葉元副署長が、これまで矢野、朝木両議員を提訴した合計11件の裁判がすべて終了し、最高裁の最終的な朝木明代議員殺害事件に対する判断が示されたことになります。〉

〈この最高裁決定の11日まえの7月3日には、同じく千葉副署長が提訴していた「創価問題新聞」で、最高裁は、東京高裁(7民)の事実を意図的に書き換えた判決を追認する決定をだしていましたが、最高裁はその直後の7月14日の決定で、これらをすべて否定する最終的判断を下したことになります。チバ元副署長、ごくろう様でした。〉



 矢野は「千葉元副署長が、これまで矢野、朝木両議員を提訴した合計11件の裁判がすべて終了し、最高裁の最終的な朝木明代議員殺害事件に対する判断が示された」と、あたかもその11件の裁判に連続性があるかのように主張し、その上で「最高裁はその直後の7月14日の決定で、これらをすべて否定する最終的判断を下したことになります」と書いている。矢野は「最後の判決」である7月14日の最高裁判決で勝訴した自分が最終的には勝ったと主張しているのである。つまりこう書くことで矢野は、「万引き冤罪」と「他殺説」が認められたのだといいたいらしい。

 しかし、裁判官の独立は憲法で保証されているから、裁判官を拘束するものは法律と最高裁判例以外にはない。たとえ同一の事実背景を持つ裁判であってもそれぞれの裁判はすべて独立したもので、矢野のいう11件の裁判にしても、訴えの対象は時期、媒体、表現が同一ということはなく、事実認定の部分で心証として裁判官の判断に影響を与える可能性はあっても、裁判そのものの連続性は存在しない。したがって、「最高裁はその直後の7月14日の決定で、これらをすべて否定する最終的判断を下したことになります」とする矢野の主張は虚偽あるいは情報操作にほかならないことになる。矢野はこう主張することによって「創価問題新聞」判決を否定したかったのである。

「創価問題新聞」裁判と「東村山の闇」裁判の違い

 では、「創価問題新聞」裁判と「東村山の闇」裁判で正反対の判決となったのか。問題となったそれぞれの表現を確認しておこう(いずれも一審判決で名誉毀損が認められたもの)。



「創価問題新聞」裁判の表現

(見出し)
〈証人尋問〉〈「謀殺」の構図が〉

(本文)
〈前号予告の通り、朝木議員殺害を、自殺扱いした千葉元副署長の証人尋問が2月7日に、「冤罪」の朝木明代議員を「万引き犯」と決め付けた○○洋品店主(万引き被害者)の尋問が2月7日と23日に行われました。
 が、千葉副署長は、熊谷グループと一緒に、自分と関係がない事件なのに○○(万引き被害者)尋問を傍聴。7日も23日も尋問終了後、○○店主夫婦と千葉副署長は人目もかまわず、法廷の外で公然と打合せ。誰がみても、グルになっている風景です。
 ○○店主の目撃証言や千葉元副署長の捜査が全くデタラメだったことが判明しましたので、次号から連載で報告を掲載します。〉

「東村山の闇」の表現

〈「事件の中で登場する『キーパーソン』の何人かについて触れておくことにしたい。」
「第二番目は、(中略)東村山警察署の千葉英司副署長。このひとも重要な登場人物だ。千葉副署長は、朝木明代議員事件の捜査責任者であり、報道関係者に対する広報責任者である。この千葉副署長は、1995年7月12日に朝木明代議員を『万引き容疑』で書類送検した。1995年9月1日の殺害事件発生直後は、捜査結果判明した事実をどんどん書き換え、『自殺説』を広報した。」〉

〈千葉副署長の「万引き」、「自殺」という判断も、2002年3月28日の判決によって否定された。また、報道関係者に対して発表した内容が、ころころ変わっていった。〉

〈東村山警察は動かなかった。動かないだけでなく、朝木明代議員自身が「飛び降りてない」というダイイング・メッセージをはっきり残しているにもかかわらず、事実を書き換えるようにして、自殺説をことさら強調していった。千葉英司副署長が、事実と異なる広報をしたり、ろくな捜査をしていない点を週刊誌の記者が指摘すると、逆ギレして、出入りを禁止するなどした。真剣な「捜査」がなされる様子は全くみられなかった。〉



「創価問題新聞」と「東村山の闇」とでは表現が異なっており、双方がまったく別の裁判であることは明らかである。だが、いずれの記事も、趣旨としては千葉が「ろくな捜査もせず、朝木明代を万引き犯扱いし、転落死も他殺であるにもかかわらず自殺として処理した」とするもののように思える。にもかかわらず、判断が分かれた理由はどこにあったのだろうか。

 また本当に、「東村山の闇」裁判の最高裁判決が、矢野と朝木が主張するように「最高裁はその直後の7月14日の決定で、これら(『創価問題新聞』裁判の高裁および最高裁判決)をすべて否定する最終的判断を下したことになります」と評価すべきものなのか。

(つづく)

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