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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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りんごっこ保育園問題とは何か 第11回
姿を現した黒幕

市長に届いた内容証明郵便

 平成15年2月24日、東村山市議会が本会議において「認可保育園の設置基準の作成と予定されている認可保育園の拙速な認可の見直しを求める決議」を矢野、朝木を除く圧倒的多数で可決したことは、3月に迫る予算特別委員会で東村山市議会がりんごっこ保育園に対する予算を否決する可能性を予感させるものでもあった。拙速な認可の見直しを求めておきながら予算はそのまま通すというのでは、何のための決議なのかわからない。翌2月25日、読売新聞多摩版が決議の可決を報じるとともに予算の減額修正の見通しにまで触れたのはそれなりの取材に基づいたものだったろう。

 高野(あるいは背後にいるはずの矢野と朝木)も当然、そのことを直感したはずである。では、高野あるいはたましんを交えた協議にも立ち会ったであろう朝木が議会や市民の理解を得られるために、認可申請に至った考え方や水面下で進めることになった経緯を誠意をもって説明しようとしたかといえば、高野はそうはしなかった。高野は議会決議を無視し、これまで「協議を重ねた」行政に対して直接認可申請を迫る方法を選んだのである。高野の動きは早かった。高野(代理人中田康一弁護士)は「拙速な認可の見直しを求める決議」が議決された翌日の平成14年2月25日付で、東村山市長に対して「認可申請書類取扱に関する催告書」と題する内容証明郵便を送付した。内容は以下のとおりである。

〈東京都による設計図書の承認及び貴殿による昨年12月13日付決裁書を前提として、認可申請者高野博子は用地を買収、園舎を建設し、ほぼ完成しているほか、本年2月7日付けで必要書類を添付し本件認可申請書を受付窓口である貴殿に提出し、既に右書類は東京都による事前の実質審査を終えています。

 しかし、遺憾ながら、貴殿が作成すべき意見書等必要書類及び申請者提出に係る右書類を認可権限者である都に送付しないため、本件認可手続きが16日間放置されており、これ以上の右送付の懈怠が続きますと、申請者には重大な損害が発生し、東村山市に賠償責任が発生することとなります。

 従って、本催告書到達後ただちに貴殿が東京都に対して本件申請関係書類の全部を提出されるよう催告いたします。〉

 ――「催告書」とはなっているものの、実質的には「早く意見書を付けて認可申請書類を都に送れ」、さもなければ「東村山市には賠償責任が発生する」という脅しである。これまで「協議を重ねた」はずの行政も、高野にとっては保育の実施機関(東村山市)と保育を委託される側(りんごっこ保育園)としての信頼関係を構築しようとする相手ではなく、認可と補助金を獲得するためのたんなる交渉相手にすぎなかったことがわかろう。この内容証明を受け取った当時の細渕一男市長の心中はどうだったか。行政としても、まがりなりにも高野の認可申請相談に応じてきた上、市長が決裁したという弱みがあったことだけは確かだろう。高野はそこにつけ込んできたということである。

矢野と朝木が追い打ち

 議会決議を無視し、何がなんでも認可を得ようとする高野の動きはこれだけで終わらなかった。高野と同居する矢野穂積がついに表舞台に出てきたのである。〈地方自治法176条第4項が、越権又は違法の議決は再議に付さなければならないことを首長に義務付けていることに注意を喚起し、2月24日に違法議決された「認可保育園の設置基準の作成と予定されている新設保育園の拙速な(認可の)見直しを求める決議」が送付された場合には再議に付すことを求める申入書〉という長い題名の文書を矢野と朝木が市長宛に提出したのは、高野が内容証明を送付した翌日の2月26日だった。内容をみよう。

〈東村山市議会は「認可保育園の設置基準の作成と予定されている新設保育園の拙速な(認可の)見直しを求める決議」と題し、「東村山市(※「東村山市長」の趣旨)に対し認可保育園の設置基準等を早急に作成することを求める」等の趣旨の決議を本年2月24日に賛成多数で議決した。

 しかし、すでに東村山市長(保健福祉部所管)に対して東京都から指導があった通り、保育所認可権限は、児童福祉法35条4項により都道府県知事(政令指定都市、中核市は市長)が有し、「児童福祉施設最低基準」(厚生省令)第5章に基づき、都道府県知事「政令指定都市、中核市は市長」が「保育所設置認可等事務取扱要綱」を制定しいわゆる「保育所設置基準」をそれぞれ設けているのであって、国の指導に基づく都道府県知事の専権事項である。東村山市長が保育所設置基準を作ることは、児童福祉法35条4項及び同法施行規則第2項、同3項に違反し、東村山市長が保育所設置基準を作ることは許されず、このことには議論の余地がない。

 にもかかわらず、東村山市議会が議決した右「認可保育園の設置基準の作成と予定されている新設保育園の拙速な(認可の)見直しを求める決議」は、権限のない東村山市長に対し違法行為を強制しようとするものであって、明らかに児童福祉法35条4項及び同法施行規則第2項、同3項に違反する違法な議決である。また、本年4月開園予定の新設認可保育園は、政令に基づき都知事が定めた設置基準たる「保育所設置認可等事務取扱要綱」に適合しており、東京都も「劣悪な環境ではない」と見解を公表しており、東村山市議会の本件決議の前提には重大な事実誤認があり、この点でも違法議決である。

 ところで、地方自治法176条第4項は、越権又は違法な議決は再議に付さなければならないことを首長に義務付けている。

 従って、本年2月24日に違法に議決された「認可保育園の設置基準の作成と予定されている新設保育園の拙速な(認可の)見直しを求める決議」が東村山市長に送付された場合には、右違法議決を直ちに再議に付すことを強く求める。〉

 ――矢野と朝木は議会の議決に対してなにか法律的な主張をしているようにみえるが、彼らがこの申入書で主張しているのは、りんごっこ保育園が国基準をクリアしている以上、東村山市長は議会の議決を受け入れるべきではないということ。つまりこれも、「早く認可申請手続きを進めろ」という趣旨にほかならなかった。

表舞台に出てきた矢野

 それまで高野と朝木のうしろで様子をうかがっていた矢野は、文書の上とはいえその関与を明らかにしたことで、その後はむしろ積極的に表舞台に顔を出すようになる。矢野が表に出なければならないような状況になったと判断したということでもあろう。3月4日、朝木が一般質問で「認可が遅れれば、市に賠償責任が生じる」と発言してから2日後、矢野は高野と朝木、それに2名の弁護士を引き連れて市長部局を訪れた。矢野は弁護士とともに、

「早く認可申請書類を東京都に送付しろ。送付しなければ提訴するぞ」

 と、かなり強硬に詰め寄ったと聞く。その口調は脅しに近かったようで、翌日、弁護士が「昨日は少しいい過ぎた」と市に対して詫びの電話を入れたことからもその激越さがうかがえた(東村山市はその日の矢野や弁護士の発言を問題にすることはなかった)。その前日には、高野が弁護士とともに東京都に出向き、認可するよう申し入れていた。議会の予算修正の動きを前に、矢野と高野の動きが激しさを増していった様子がおわかりいただけよう。

 ただし、今回紹介した話はいずれも密室の出来事であり、後日聞いた話にすぎない。矢野が黒幕としての正体を市民の前にも現すのは予算特別委員会が始まってからである。

(第12回へつづく)

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りんごっこ保育園問題とは何か 第12回
高野擁護に回った共産党

 実体のない「要望書」と「事業計画書」による事業権確保(平成14年4月16日)とその計画決定に実質的に金融機関が深く関与したこと、それに基づく起案書の決裁(同年12月13日)と園舎の建設着工というりんごっこ保育園の認可申請までの一連の動きが、既成事実を積み上げることで強引に計画を実現させようとしたものであることは明らかだった。情報を開示したときにはすでに園児募集も終わり、開園が目前に迫っているというのでは、関係者の間から反対の声が上がったとしてももう現実を止めることはできないだろう。現実に、平成14年末にりんごっこの認可申請計画が洩れなければ、高野と矢野の目論見は議会や保育関係者の意見をいっさい無視して現実のものになろうとしていたのである。

 少なくとも、情報公開をめぐる高野の対応は既成事実化が狙いだったと受け取られても仕方ないものだった。事業主の立場がいかに形式上は個人であろうと、年間8000万円を超える補助金が交付される以上、それは公共事業にほかならない。設置者が個人で、本人が情報開示を拒んだとしても、そのことを理由に実施内容だけでなく施設名さえも明らかにしないというのは、誰からみても異常である。

 認可保育園として計画しているりんごっこ保育園の情報が明らかに個人情報でないにもかかわらず、東村山市保健福祉部が情報開示について必要以上に慎重になったのは、高野の背後にいる同居人の矢野穂積を意識したからにほかならない。ヘタに情報を公開すれば訴えられると考えたとしても不思議はなかった。実際に保健福祉部の担当者の1人は、「一応適法に申請が行われているものを、矢野の存在を理由に排除すれば、今度はこっちが訴えられる」と語っている。行政の公平性の観点から、あくまでも背後事情にすぎない(それも推測)矢野の存在を行政判断に考慮することは軽々にはできない。そのことは十分に矢野の計算に入っていただろう。

市民と行政に責任転嫁

 とはいえ、市議会本会議で「拙速な認可の見直しを求める決議」が議決されるに至り、高野(=矢野)は施設名まで出さなかったことはさすがに市民の理解は得られないと考えたらしく、3月の予算特別委員会では「土地選定及び施設設計等経過」と題する文書を提出した。文書には平成14年2月、高野が東村山市保健福祉部に開設相談したことに始まり、その後の東京都や市との協議などの経過が時系列に並べられていたが、文書の末尾にはこんな一文が添えられていた。

〈2002年12月11日に東京都から設計図面につき承認するとの見解をえており、議会(厚生委員会)等への行政報告は、行政の責任で1月以降になされると考えており、関係資料の公表を予定していたが、再三の事業妨害により、個人情報であり、不測の事態が予想されるので、全部公表でなく一部公表にとどめた。〉

 高野はりんごっこ保育園に関する情報をいまだに「個人情報」であるとし、情報公開してこなかった理由として「再三の事業妨害」があったからだという。「事業妨害」の事実があったのか。文書で高野は、

〈2003年2月1日、施工業者に匿名で「工事をまだやっているのか」という嫌がらせ電話が架かり、直後に匿名の怪文書ファックス。金融機関にも嫌がらせ。〉

 と記載しており、これが「事業妨害」であるという。当時、りんごっこ保育園に関する情報がなんら開示されない中で、市民が情報収集に動いたことは事実である。しかし、市民がたましんや施工業者(多摩ミサワホーム)に事情を聞こうとしたとしてもなんら不思議はないし、それが高野のいう「嫌がらせ」目的だった事実はない。むしろ、年間8000万円もの補助金が支出される認可保育園の情報について、高野や行政が園名はおろか設置者の氏名まで隠したまま計画を進めようとしなければ、市民が独自に情報収集をしなければならないという状況にはならなかったのである。

 つまり高野が提出したこの文書は、「議会等への報告は行政の責任でなされると考えていた」とした上、虚偽の事実を捏造し、情報公開してこなかったことの責任を市民になすりつけ、自分には非がないと主張するものにほかならなかった。矢野と同居すると、その特異性まで似てくるのだろうか。

「市が園庭を作ってやれ」と共産党

 高野が「土地選定及び施設設計等経過」を提出することで情報公開をしたことにし、すでに園舎が完成しているという既成事実を主張することで事態を乗り切ろうと考えていることは明らかだった。「情報公開したんだからもういいだろ」ということである。

 3月の予算特別委員会で、一連の手続きの不透明さを不問に付し、あくまで園舎がすでに完成したという事実を前提に話を進めるべきとする議論を展開したのは矢野と朝木だけではなかった。水面下で進められてきたことに対して「公明正大な方法で進めることを求める請願」の採択には賛成した共産党は、認可に関しては別の考え方を示したのである。まず保延努はこう述べた。

「わが党の立場は、水準を下げないということと同時に待機児を解消させるという問題、この両方を両立させなければならない、こういう立場です」

 その上で保延は、待機児解消が市の緊急課題の1つであることを大義名分にりんごっこ保育園の認可条件を上げる、つまり園庭を作るなどした上で認可させる方向を模索すべきと主張したのである。共産党の子育て支援に関する考え方自体はおかしなものではない。しかし保延(共産党)が本気で、高野と矢野がやろうとしているりんごっこ問題でも共産党の考え方が通用すると考えたのなら、それはあまりにも現実感覚を欠いたもののように思われた。

 東村山で発生したりんごっこ問題は、保育の水準を守るという以前に、年間8000万円にものぼる巨額の補助金獲得を前提にした利権問題でもある。りんごっこの場合には、1億3000万円の借金を一定期間内に返済しなければならない。したがって補助金額は多ければ多いほどよいが、補助金額は園児数によって決定されるから、限られた面積の中で最大限に補助金を確保するには、土地いっぱいに建物を建て、国基準ぎりぎりに園児を詰め込むのが最も効率的である。その結果が定員81名であるにすぎなかった。つまりこの数字は、補助金を最大限に引き出すことを前提に設定されたものなのである。そこにはそもそも、園庭を設けるなどという発想が存在する余地はない。むしろ高野にとって園庭はまったく無駄な存在でしかなかったのである。

 保育環境を優先すれば、余裕をもった保育計画を策定する中で園舎と園庭が設計され、定員はその結果で決まってくるはずである。ところがりんごっこの場合は逆で、すべては借金に始まり、返済計画を策定する中で園舎が設計され、定員が決められたとしか考えられなかった。敷地境界線からわずか2メートル内側いっぱいに建てられた倉庫のような園舎がそのことを歴然と物語っていた。

 共産党は手続きの不透明さについては批判し、公明正大に行うよう求めた市民の請願には賛成したにもかかわらず、園の認可そのものについては施設の改善を条件に認めるべきだという。さらに保延はこう付け加えた。

「行政がそういうこと(園庭を作る)を指導する以上、財政的な援助をするということが当然ありますよね」

 待機児解消のためなら、事業主が保育を委託するにふさわしい人物であるかどうかなど無視してもよいというのが共産党の考え方であるらしい。その上、協議の段階では虚偽説明をし、その実現が危うくなると今度は行政を脅すような連中に「行政が金を出して園庭を作ってやり、認可してやれ」と保延はいうのである。彼らに認可を与えればどういうことが起こりうるか、現実を見ようとしない共産党にはなんらの想像もできないようだった。

(第13回へつづく)

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りんごっこ保育園問題とは何か 第13回
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市民への責任感と良識を示した東村山市議会

無責任な「泥沼の抗争」発言

 保延の詭弁に輪をかけたのが、同じく共産党の議員団長、田中富三である。平成15年3月12日に開催された予算特別委員会で田中はこう述べた。

「(りんごっこ問題は)市の承認のもとで2003年度予算に計上したのに、市議会をはじめとする関係機関には個人情報保護を楯にとって事実を明らかにしないという方針を貫きました。このことが今回のりんごっこをめぐる『泥沼の抗争』を生み出した主因であります」

 東村山の共産党がなぜか矢野や直子を正面から批判しないことは議会内でよく知られた事実である。それにしても、今回のりんごっこ保育園の認可をめぐる市民や議会による一連の問題提起と追及を「泥沼の抗争」の一言で片づけるとはどういうことなのか。田中がこの言葉でいおうとしたのは結局、「矢野や高野のやり方と、それを批判してきた市民や市議会の双方ともに普通ではない」ということ以外にはあり得まい。

 田中とて、高野が厚生委員会や予算特別委員会に提出した文書の内容がすべて事実に基づくものであると主張することはできないだろう。すると田中は、情報公開を求めた市民や保育関係者の側にも虚偽や「工事妨害」といった妨害の事実があったと認識しているということだろうか。ならば田中は、責任ある市会議員として「泥沼の抗争」の根拠を示すべきだろう。根拠を示さなければ、田中の発言は矢野や朝木と同質のものとなる。

 この日の休憩時間、朝木が何度も共産党の控室に出入りしていた。共産党の控室で朝木が田中らと何を話していたのかはわからない。しかし、保延の主張といい田中の主張といい、「待機児解消」の大義名分を振りかざすことで、園舎がすでに完成に近づいているという既成事実を前提に、矢野と高野計画を実現させようとするものであることは明らかだった。

 これは同時に、一連の不透明な経緯から市民の目をそらそうとするものにほかならない。共産党は党を挙げて、草の根の年間8000万円という補助金詐取計画に一役買ったことになろう。もはや共産党も矢野、朝木と同罪というほかなかった。

東村山市議会初の予算修正決議

 矢野、朝木に加え、共産党もりんごっこの認可を求めるという異常な動きはあったが、東村山市議会の予算見直しを求める意思が変わることはなかった。この間、予算修正の動きを知った助役から市議会に対して「行政手続法上、りんごっこの申請書を東京都に提出することだけはお許しいただきたい」という申し入れがなされ、これに対して議会は、市長の意見書に加えて議会の意見書を添付することを条件にこれを認めたという経緯があった。

 不透明というよりもむしろ不正行為に近い決裁までの経過と、情報を公開しようとしない事業者の姿勢、補助金優先ともみえる計画からして、この保育園に対する予算を容認することによってもたらされる禍根の大きさは十分に想像できた。与党がかつて例のない予算修正を決断したのは、予算修正によって一時的に市長のメンツを潰されることになったとしても、それは結果的に市民の利益につながるという共通認識があったからだった。

 予算特別委員会は平成15年度の予算案からりんごっこ保育園などに対する予算修正決議案を採択。その後の3月19日、東村山市は認可申請書を東京都に提出したが、東京都は当然「予算がつかない状況では、申請されている保育園の運営に支障が出るのではないか」との懸念を示し、認可判断を保留した。最終判断は、3月26日に予定されている本会議での結論を待つということになった。

 こうして平成15年3月26日午前、東村山市議会は自民、公明議員らが共同提案した予算修正案を草の根と共産党を除く賛成多数で可決した。これに対して市長は同決議案を再議に付したが、同日夜、議会は3分の2の賛成によって再び予算修正案を可決したのである。予算措置(補助金)が伴わなければ保育園の安定的な運営は期待できない。この結果を受けて3月31日、東京都はりんごっこ保育園を不認可とする決定を下した。

 一方、東村山市幹部は一連の手続きの不透明さに対する責任を認めており、市長と助役は4月の給料について自ら10%の減給処分を科した。平成14年4月以来、りんごっこ保育園の認可手続きを進めようとしてきた東村山市行政にとって、予算が否定された上に認可が認められなかったことは、形の上ではこれほど不名誉なことはないのかもしれない。

 しかし、とりわけ高野を矢野が背後で操るであろうことが明らかで、認可すればこの先いかなるトラブルが発生するかもわからない保育園を認可することに比べれば、一時の不名誉を甘受することの方が東村山の未来のためにどれほど公益にかなうか。つまらない目先のメンツではなく、市長と助役はそう考えるべきだった。

「おまえも袖の下がほしいのか?」

 不透明な経過と異常な資金計画、貧弱な保育環境のみならず、矢野穂積と同居する高野博子が運営する保育園に市民の保育を委託することがいかに危ういことであるかを痛烈に予感させる出来事が起きたのは、共産党によるりんごっこ擁護質問が行われた翌日、予算修正の動きが確実になってきた予算特別委員会の最中だった。それまで水面下での関与を想像させても、決して直接的な関与の姿をみせてはこなかった矢野がとうとうその正体を現したのである。

 まだ予算特別委員会開催中の3月13日午後5時過ぎ、「3階の政策室の前で矢野が騒いでいる」という情報が伝わった。私はただちに階段を駆け下りた。すると矢野が朝木と若い女性弁護士、それに高野を従え、政策室長らに大声で詰め寄っているところだった。対応していたのは政策室長のほか、保健福祉部長と次長である。矢野はどうも「市長に会わせろ」といっているようだった。すでに予算修正が確実な情勢となり、矢野から見ればもはや議会に認可を止められようとしている市長以下市幹部に対し直接、認可を迫っているのだった。矢野は、

「認可しないつもりか」

「(損害賠償金を)2億円払ってやめるか?」

「家を抵当に入れておけ」

 などと大声で迫っていた。しかし、市長は面会を拒否したようだった。高野は一番後ろで不安そうに立ち、「高野側に落ち度はない」などと矢野が主張するたびに「そうですよ」と相槌を打つだけだった。保健福祉部長は「高野さんが公表するなといったんでしょ」「高野さんは何も説明しなかったじゃないですか」などと反論していた。押し問答の間には、政策室長や保健福祉部長と矢野が互いに後ろ手にして体をぶつけ合い、押し合う場面もあった。手で押せば暴力沙汰になりかねないことを矢野は知っているのである。

 ところでこのとき矢野は、市幹部に向かって損害賠償を匂わせる一方で、政策室長に向かって妙な言葉を口にした。矢野はこういったのである。

「なんだ? おまえも袖の下がほしいのか?」

 公人の口からめったに聞けるセリフではあるまい。認可申請の過程での話かどうかはわからないものの、矢野の55年の人生の中で「袖の下」を要求され、応じた経験があったということなのか。とすればつまり、その場合には矢野の側にも「袖の下」を要求される理由があったということになろうか。

 途中で私の存在に気づいた矢野はしばらくすると弁護士や高野を引き連れて階段を降りていったが、政策室の異常な騒動は10分近く続いただろうか。矢野を相手にすれば、何か矢野の意に沿わないことがあった場合にはこういうことが起きてもなんら不思議なことではない。東村山市はそれを想定できなかったのか、あるいは十分に想定できても高野の要望をはねつけることができなかったのか。その気があれば、拒否することはできたはずである。その場その場の面倒を避けてきた結果が、この日の脅しにつながったのだった。

 いうまでもなく、高野の保育園を認可するということは、絶えず矢野を相手にするということである。待機児解消は課題だろうが、いかなる代償を払ってもというものではあるまい。東村山市議会が勇断をもって予算を否決し、東京都が不認可とする決定を下したことで、東村山市は将来にわたる禍根をいったんは回避することができた。しかし、これでりんごっこ問題がすべて片づいたというわけではなかった。

(いったん了。以後の状況は「第2部」としてあらためて掲載する予定です)

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