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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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西村・細川事件 第11回
 平成23年10月27日の第6回口頭弁論の際に予定されていた細川や西村に対する尋問は、西村が証人尋問を申請したにもかかわらず、どういう心境の変化か、申請を撤回したことで、この日は通常の口頭弁論となった。ただ、双方が準備書面を提出しているわけでもなく、また証人尋問申請までの段階で双方の主張は出尽くしていることを確認していた経過からしても、裁判長が裁判を終結させてもおかしくない状況だった。

 しかし裁判官は西村が証人申請を撤回して以後、双方から意見を聞いており、判決によらない終結の可能性もあるとみていたらしい。裁判官はあらためて双方に新たな主張がないことを確認すると、和解を勧告した。

 この日の傍聴は私以外に公安2名と西村の側近が2名で、右翼Mと女傑Mは法廷には姿を見せなかった。

検討の余地もない要求

 和解協議は閉廷後ただちに始まったが、金額はともかく、西村側からなんらかの金銭支払いがないかぎり和解の成立は考えにくいと思われた。西村は私だけでなく、別件裁判で確定している千葉への支払い義務を履行していない。その西村がすんなり支払いに応じるのだろうか。

 それに裁判の内容に関して西村はブログへの掲載責任はすべて細川に転嫁しているから、いったいどこで歩み寄る可能性があるのだろうか。私には和解条項を想像することは難しかった。

 1時間を過ぎたころ、千葉が裁判所から出てきた。結論からいえば、和解協議はあえなく決裂となった。西村はいったいどんな条件を持ち出したのか。千葉に聞くと、西村は非を認めていくばくかの和解金を支払うというどころか大要こう主張したという。


「千葉が洋品店に行くのはおかしい。千葉が洋品店から手を引けば、われわれも洋品店に対する攻撃をやめる」



 と。これはいったいどういう和解条件なのか。西村は千葉がこの要求を飲む可能性があると考えたのか。

 またこの主張がいったい裁判とどう関係するというのだろうか。まさか千葉が「もう洋品店には行かない」といったとして、そのことが「万引きを捏造」したとする西村の主張を認めたことにでもなるというのだろうか。

 そもそも「万引き捏造」などという事実はないし、千葉が洋品店に待機していたのは「行動する保守」の襲撃に備えたのであって「万引き捏造」の事実を暴かれることを恐れたわけではない。和解協議における西村の要求は、いまだ矢野と朝木の主張をデマと認識できないところに起因しているとみるほかなかった。

 洋品店から排除されたことに最もこだわりを持っているのは右翼Mである。この屈辱をそそぐために右翼Mは翌年、単独で訪問したまではよかった。しかし再び千葉に侵入を阻止されただけでなく、今度は「情けない右翼」と看破されてしまった。右翼Mは自分の行いを省みるどころかますます千葉を逆恨みし、東京地裁の控室で支持者とともに千葉を詰問したこともある。

 この裁判ですべての書面を右翼Mが代書していたことを考えると、「洋品店に関わるな」というわけのわからない要求は右翼Mのいびつな自尊心を代弁したものであるようにもみえる。西村も右翼Mも、しょせんは自分の都合でしかものを見ることができず、非を認めることができない点においては共通していよう。

 裁判官は西村から和解の可能性もあるという心証を得ていたのかもしれない。しかし「洋品店に関わらないこと」が条件とあっては、裁判官が千葉を納得させることができないと判断したとしても無理はなかった。

 千葉は西村の提示した和解条件を拒否し、裁判所も特に千葉に和解に応じるよう説得もしなかった。こうして和解協議は再考の余地ない状況で決裂し、裁判官は1か月後の11月24日にもう1度口頭弁論を開いて終結することとし、双方に対して主張等があれば提出するようにと述べた。

側近の理解

 こうして11月24日、西村に対する第7回口頭弁論が開かれた。定刻は午前11時である。傍聴席には私のほかに公安が2名、西村の到着を待った。ところが、定刻を10分過ぎても、西村も側近も姿を見せなかった。裁判長はやむなくいったん閉廷し、30分だけ待機することとした。

 その後裁判所は西村に連絡を取ったようである。すると西村は午後2時からと勘違いしていたという。裁判長は午後1時に弁論を再開することとした。

 午後1時前、西村は側近2名とともに法廷にやってきた。右翼Mと女傑Mはこの日も姿をみせなかった。

 さて千葉はこの日、準備書面を提出し、和解協議の席で西村が提示した和解条件について次のように述べた。



 被告は和解条件の筆頭に、原告が今後、洋品店の問題に関わらないことを確約せよと要求した。洋品店主は、平成7年、本件万引き事件を警察に届け出たことに対し矢野から執拗な嫌がらせを受け続け、平成20年からは、矢野の意向を受けた被告ら右翼に嫌がらせを受けた。以降、洋品店主は、被告ら右翼が東村山市内に現れるとの情報が入るたびに怯え、営業中の洋品店を突然に臨時休業するという事態となっている。

 この異常な事態を原告は見逃すことはできず、今後も、東村山市内での右翼らの行動に関する情報があれば、原告は有志の人々とともに、洋品店の問題に関わるべきであると考えている。



 平成20年9月1日、西村や桜井誠らが洋品店に押しかけ、ハンドマイクで店主に対する誹謗、恫喝を繰り返した。その光景を撮影していたのが細川だった。千葉が準備書面で述べた内容を彼らはどう受け止めるのか。少なくとも今の細川なら、千葉が洋品店を守ろうとする心情を正当に理解するのではあるまいか。

 裁判官が提出書面を確認して終結を告げると、西村は手を挙げて立ち上がり、裁判官に遅刻したことを詫びた。裁判官は「それは千葉さんにいってください」と答えた。判決言い渡しは平成24年1月26日午前10時30分である。

(「判決後」につづく)

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西村・細川事件一審判決(速報)
 ウェブサイトの記事によって名誉を毀損されたなどとして千葉英司元警視庁東村山警察署副署長が「主権回復を目指す会」代表の西村修平を提訴していた裁判で東京地裁立川支部は平成24年1月26日、西村に対して30万円の支払いなどを命じる判決を言い渡した。なお千葉は当初、西村と元側近を提訴していたが、元側近についてはすでに和解により終結していた。

 千葉が問題としたのは、ウェブサイト「主権回復を目指す会」に掲載された平成21年11月2日付〈創価学会が大喜びする宇留嶋の訴訟乱発 創価学会「御用達」は栄えある名誉の筈だぞ! 言論・政治活動の自由をカルト教団から守れ〉と題する記事などである。記事には千葉の写真を掲載した上、〈朝木明代・東村山女性市議の謀殺事件を転落・自殺としたのが東村山署元副署長の千葉英司。自殺の動機を「万引き」を苦にしたとして事件を処理したが、これが限りなくでっち上げに近いことが判明されている。〉との記載があった。

 裁判で西村は、「記事の掲載は元側近の細川がすべて自主的にやったことで自分には責任がない」「万引きをでっち上げたとは断定していない」などと主張したが、東京地裁はこれらの主張をいずれも排斥。損害賠償30万円の支払いとともに、〈これが限りなくでっち上げに近いことが判明されている。〉とのウェブサイトの記載について削除を命じた。

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西村・細川事件 第12回
書記官の興味

 判決言い渡しが行われた平成24年1月26日、千葉は法廷には行かないことに決めていた。裁判所に無用の警戒態勢を取らなくていいよう配慮したのである。案の定、法廷では不穏な出来事があったらしかった。

 判決言い渡しから数時間後、千葉は判決文を受け取りに書記官室に出向いた。すると、担当書記官は判決文を渡しながら千葉にこう聞いたという。

「(右翼)Mさんというのは、どういう方ですか?」

 判決文の交付は通常はきわめて事務的な手続きで、とりわけ書記官の側から当事者に対し裁判や当事者以外のことを聞くことは珍しかろう。今日もよほど何かあったのだろう。そう思いながら千葉は答えた。

「警察の監視対象になってるようですね。あなたが見たとおりの方じゃないですか」

 この裁判で右翼Mは以前にも、当事者でないにもかかわらず、再三にわたって傍聴席から裁判長に抗議し、あるときには裁判長の制止を無視して数分間にわたって暴言、誹謗を繰り返したことがある。数か月前のことである。書記官はその様子も目撃していようが、数か月も前のことを急に思い出すというのも考えにくい。するとやはりこの日、右翼Mはまたも法廷で常識では理解しにくい行為に及んだということのようだった。当事者でもないのに、虫の居所が悪かったのだろうか。

提訴された裁判所前街宣

 この裁判は常識を超えた珍しい展開をたどるが、まずこの裁判における千葉の請求原因と請求内容を確認しておこう。

 平成21年11月1日、私(宇留嶋)が西村修平を提訴していた裁判の口頭弁論がさいたま地裁川越支部で開かれた。その際、西村は裁判所前において〈創価学会の疑惑に沈黙するな 東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明〉などと記載した横断幕(なお、この横断幕には賛同団体として「日本を護る市民の会」「せとblog『日本よ何処へ』」「主権回復を目指す会」「在日特権を許さない市民の会」「NPO外国人犯罪追放運動」の名が記載されている)および〈祝! 千葉英司敗訴「万引き」はでっち上げ! 「自殺」は謀殺だった!!〉などと記載したプラカードを掲示した上で、

〈朝木明代さんの万引き事件、万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長と、えー、一心同体となっている宇留嶋瑞郎が、今、裁判所に入ってきました。訴訟を乱発して一国民に対して100万円を請求する元千葉英司副署長と宇留嶋創価学会御用達ライターがね、これ名誉毀損といわれたその当人が今裁判所に入りました〉

 と演説した。私だけでなく千葉に対しても、提訴されたことに対する腹いせだったろうか。

 さらに翌日の同年11月2日、西村は主権回復を目指す会のウェブサイトに〈創価学会が大喜びする宇留嶋の訴訟乱発 創価学会「御用達」は栄えある名誉の筈だぞ! 言論・政治活動の自由をカルト教団から守れ〉と題する記事を掲載し、

〈朝木明代・東村山女性市議の謀殺事件を転落・自殺としたのが東村山署元副署長の千葉英司。自殺の動機を「万引き」を苦にしたとして事件を処理したが、これが限りなくでっち上げに近いことが判明されている。〉

 と記載するとともに千葉が映った演説時の動画とその静止画を掲載した。平成22年10月21日、千葉は上記記載と演説のうち〈朝木明代さんの万引き事件、万引きをでっち上げたといわれている〉とする箇所および〈訴訟を乱発〉とする箇所が名誉を毀損するものであるとし、さらに動画と静止画の掲載は肖像権を侵害するものであるとして提訴したのである。

揺らいでいた足元

 若干振り返ると、千葉が提訴したのは平成22年10月21日、「行動する保守」Aが「現職警察官による内部告発」があったという衝撃的な「新事実」を掲げ、「主権回復を目指す会」の西村修平、「在日特権を許さない市民の会」の桜井誠、右翼Mらを糾合して勇躍「朝木明代転落死事件の真相究明活動」に乗り出して約2年後である。その2年の間に、「行動する保守」Aが「内部告発」の内容を具体的に明らかにすることもなく、彼らのいう「真相究明」すなわち「朝木明代は万引き犯の汚名を着せられた上、自殺とみせかけて殺された」という事実の「真相究明」が進むことはまったくなかった。

「真相究明」ということでいえばむしろその後、「行動する保守」一行が各地で行った街宣活動に起因する多くの裁判によって、東村山市議の矢野穂積と朝木直子が平成7年の事件発生以来主張してきた「万引き冤罪説」と「他殺説」はあらためて否定された。つまり「行動する保守」一行の登場によって、明代の転落死が「万引きを苦にした自殺」であることがあらためて確認されたと考えるのが常識的な評価ではあるまいか。その意味でなら、「行動する保守」一行は「真相究明」に貢献したということもできよう。

 とりわけ重要な意味を持ったのが平成20年9月26日、千葉が最初に西村を提訴した事件である。矢野と朝木は西村を全面的に支援したものの、東京地裁は平成22年4月28日、〈明代には自殺の動機がなかったとはいえない〉と認定するなどして「万引きはでっち上げ」「明代は何者かによって謀殺された」とする西村らの主張を排斥、西村に対して10万円の支払いを命じる判決を言い渡した。

 以後、矢野と朝木が「行動する保守」関連裁判に外から明らかにわかる形で支援した例はない。「行動する保守」にこれ以上積極的に関わることはやはりまずいと判断したのではないかと私はみている。

「朝木明代は万引き犯の汚名を着せられた上、自殺とみせかけて殺された」などという主張は裁判所に通用しないことを確認したというだけでなく、〈明代には自殺の動機がなかったとはいえない〉と述べた東京地裁の認定は矢野と朝木にとっても大きな意味を持っていたのだろう。「自殺の動機」とは「朝木明代は万引きをした」という事実にほかならない。

 最初の裁判で西村は控訴したものの、控訴審弁論は1回で終結していた。本件の訴状提出から1週間後の平成22年10月28日、東京高裁は〈「被控訴人(筆者注=千葉)が、亡明代が万引きをしたという虚偽の事実をねつ造した」という余地はなく〉と認定するなどして西村の控訴を棄却する判決を言い渡している。当然、〈朝木明代さんの万引き事件、万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長〉などとする演説および記事が問題とされる本件裁判と無関係とはいえまい。

 本件裁判の第1回口頭弁論が開かれたのは平成22年12月10日である。つまり客観的にみて、この時点で西村は真実性の抗弁にあたってきわめて苦しい状況に立たされていたといえるかもしれない。

(つづく)

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西村・細川事件 第13回
変わり始めた人間関係

 裁判の進行とは別に、西村周辺の人間関係も注目された。第1回口頭弁論が開かれた平成22年12月10日、西村の支援に訪れた「行動する保守」一行の主要メンバーは右翼Mと「行動する保守」Aの弟子だけだった。弟子は一応「行動する保守」Aの名代とみなすことができよう。朝木事件をめぐりかつては西村や右翼Mとともに街宣に参加していた浦安の行政書士の姿はなかった。

 右翼Mは平成21年6月14日に行政書士と街宣車を使用して行った東村山街宣をめぐって創価学会から提訴され(以下=「東村山街宣事件」)、平成22年7月30日、行政書士と連帯して110万円の支払いを命じる判決を言い渡されていた(一審。この裁判で右翼Mは、裁判長の訴訟指揮を不服として裁判官の壇上に駆け上がり、裁判官専用のドアのノブに手をかけガチャガチャ開けようとするという珍しい事件を引き起こしている)。そのひと月後、右翼Mは矢野・朝木の政治的主張については相容れるものではないなどと、あえて必要もないと思われる主張をし、また相被告である行政書士についてもその活動姿勢に対する批判とも取れる記事を掲載している。

 当時、「行動する保守」一行の中で最も矢野・朝木と関係が深いとみられていたのが行政書士だった。110万円の支払いを命じられた東村山街宣に際しても矢野がなんらかのアドバイスをした形跡があった。本来なら最も信頼しなければならないはずの矢野・朝木と行政書士に対して右翼Mがこれほどあからさまに嫌悪感を表明するとはやはり一審判決後、彼らの関係、あるいは右翼Mの心境に何か重大な変化があったとみられた。

 右翼Mが矢野・朝木と行政書士への嫌悪を露にした原因は判然としないが、街宣をめぐる裁判で行政書士が右翼Mにすべての責任を押しつけるような主張をしたことと無関係ではないように思えた。つまり、本件裁判の第1回口頭弁論に行政書士が来なかったのはたんにスケジュール上の問題ではなく、右翼Mとの関係が悪化したことで「行動する保守」一行との関係も変わりつつあることを意味していたのかもしれなかった。

 その原因をたどれば、矢野と朝木が主張する「万引き冤罪説」と「他殺説」が裁判所に通用せず、彼らの主張と「行動する保守」Aが主張した「内部告発」を信じた「行動する保守」一行が相次いで損害賠償という形の現実的な責任を取らされる事態に陥ったという事実に行き着こう。

最初に消えた団体

 朝木明代の転落死事件をめぐる「行動する保守」一行の「真相究明活動」への現実的な行動および関与の度合いと団体間の関係性を計る上で参考になるのが、街宣のたびに彼らが掲げてきた横断幕(〈創価学会の「疑惑」に沈黙するな! 東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明〉と記されたもの)に記載された賛同団体の変遷である。

 平成20年9月1日に行われた東村山駅前街宣の際の協賛団体は「せと弘幸blog『日本よ何処へ』」「主権回復を目指す会」「在日特権を許さない市民の会」「NPO外国人犯罪追放運動」の4団体だった。その後、平成21年2月4日の時点では上記4団体に「日本を護る市民の会」が加わり、期待でもされたのか、新参者でありながら筆頭の位置に記載されている。

 私が確認した限りにおいて、その後変化がみられるのは東村山街宣事件の一審判決後である。西村が千葉から提訴されていた最初の裁判の控訴審判決が言い渡された平成22年10月28日、西村は東京高裁前で街宣を行った。その際に掲示された横断幕からは行政書士を代表とする「日本を護る市民の会」が消えていた。

 行政書士は「行動する保守」一行の中では矢野・朝木と最も関係が深いとみられている。その人物が代表を務める団体の名前が運動を象徴する横断幕から最初に消えるというのも興味深い現象だった。街宣の主催者がなんらかの理由で横断幕にこの団体の名前があるのは不適切であると判断して一方的に削除した可能性もあるが、西村と元側近が提訴された裁判に行政書士が姿を見せなかったのは少なくともたんにスケジュール上の理由ではなかったということのようである。

変遷遂げた賛同団体

 平成22年12月10日に行われた本件の第1回口頭弁論時点での協賛団体にはさらに変化がみられた。横断幕から「在日特権を許さない市民の会」と「NPO外国人犯罪追放運動」が消え、「せと弘幸blog『日本よ何処へ』」と「主権回復を目指す会」の2団体だけになっていた。

「NPO外国人犯罪追放運動」は「行動する保守」Aと関係が深いからまだしも、桜井誠の「在日特権を許さない市民の会」も朝木事件から手を引いたもののようである。桜井は平成20年9月1日の東村山駅前街宣の際、万引き被害者の店の前で誹謗中傷を繰り返した。いわば洋品店襲撃事件の主役の1人である。「行動する保守」全般にいえることだが、彼らは都合が悪くなると、説明もなしに何事もなかったように口をつぐむ傾向にあるらしい。誤りは誤りと認め、社会に対してきちんと謝罪もできないようではとうていまともな団体と認められることはあるまい。

 さて、朝木事件に関するここまでの協賛団体の変遷を改めて整理すると次のようになる。



(賛同団体の変遷=記載順)

平成20年9月1日

「せと弘幸blog『日本よ何処へ』」 「主権回復を目指す会」 「在日特権を許さない市民の会」 「NPO外国人犯罪追放運動」

平成21年2月4日

「日本を護る市民の会」 「せと弘幸blog『日本よ何処へ』」 「主権回復を目指す会」「在日特権を許さない市民の会」 「NPO外国人犯罪追放運動」

平成22年10月28日

「せと弘幸blog『日本よ何処へ』」 「主権回復を目指す会」 「在日特権を許さない市民の会」 「NPO外国人犯罪追放運動」

平成22年12月10日

「せと弘幸blog『日本よ何処へ』」 「主権回復を目指す会」



 賛同団体の変遷は「行動する保守」一行の朝木事件に対するスタンスを一定程度映し出していよう。その意味で妙に正直であるとは思うが、平成22年5月7日に千葉から提訴されていた「行動する保守」Aが平成22年12月10日の時点でなお賛同の意思を示していたことはさすがというべきだろうか。「内部告発があった」と公表し、「行動する保守」一行を朝木明代転落死事件の「真相究明」活動に引きずり込んだ責任を「行動する保守」Aなりに感じていたのかもしれない。

 右翼Mも同年12月21日に提出した東村山街宣事件の控訴理由書に期待を込めて次のように記載していた。



(右翼Mが提出した控訴理由書の記載)

筆者注=平成20年9月1日に行われた東村山街宣の)主催者の訴外瀬戸弘幸は演説の中で、「創価学会の関与は疑いの余地がない。警察関係者からの内部告発があった」、と断言している。

 当時の事件に関わった警察関係者が創価学会の関与を知っているものであるから、この警察関係者が真実を証言すれば、創価学会が殺害事件に関与したことは明白となる。

 しかしながら現在はまだ、当の警察関係者が公に証言を行うことを躊躇しているものと思われる。警察関係者からの綿密且つ、正確な情報収集と証拠が提出できれば、事件の真相が解明されることは間違いない。

 今現在、関係者を通じて警察関係者との交渉で調査・聞き取りを継続している。



 右翼Mから「内部告発」について聞かれた「行動する保守」Aはこう説明したのだろう。「行動する保守」Aの内心はともかく、横断幕から「行動する保守」Aの名前が消える理由はなかった。

 ちなみに「内部告発」について東京高裁は〈瀬戸弘幸が述べたとされる内容は伝聞にすぎず、「警察関係者」なる者がいかなる人物であるかも明らかにされていないのであるから、これをたやすく採用することはできない。〉と述べるなどし、右翼Mの上記控訴を棄却した。平たくいえば、「内部告発」は裁判所から相手にされなかったということである。

 なお本件裁判のその後の口頭弁論に横断幕の賛同者である「行動する保守」Aが1度でも傍聴に来たかといえば、ついに1度も姿を見せることはなく、弟子も最初の口頭弁論に来ただけだった。

(つづく)

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西村・細川事件 第14回
駐車場にも警備員を配置

 西村自身を含め「行動する保守」一行が相次いで敗訴、脱落していく中で注目されたのは、西村に対して反旗を翻した相被告の元側近との関係や代理人を含め、本件裁判で西村がどういう姿勢で臨むのかという点だった。

 元側近との関係については利害が共通する関係にあるから一時的にヨリを戻すこともあり得るとも思われたが、第1回口頭弁論前の段階で元側近が分離裁判を申し立てたことでその可能性はなくなったと判断できた。裁判所も「行動する保守」一行の特異性を考慮し、裁判を通じてとりわけ元側近と千葉の安全確保について万全の態勢を敷いた。

 たとえば裁判所は西村と元側近の口頭弁論期日を別々にした。また西村の弁論の際には法廷前だけでなく駐車場周辺にも職員を配置するという厳重な警備態勢を取った。裁判所の配慮の結果、裁判で元側近は西村と1度も顔を合わせることはなかった。

 なお元側近との分離裁判は西村の裁判が結審する以前に和解が成立している。西村も一応は和解協議の席に着いたが、千葉に対して「洋品店(万引き被害者)にはもう行かないこと」などというわけのわからない条件を提示した結果、決裂したという経緯がある。元側近との間で和解が成立したということは、少なくとも西村のようにまともな話し合いにもならないような対応はしなかったということと理解できる。

右翼Mのこだわり

 元側近との関係はともかく、自分自身を含め「行動する保守」が相次いで損害賠償を命じられる中、西村は具体的にどう応訴しようとしたのか。平成22年10月21日に千葉が訴状を提出した1週間後(同年10月28日)には、東村山駅前街宣をめぐって提訴されていた裁判の控訴が棄却された。

 第1回口頭弁論前日の同年12月9日、西村は答弁書を提出したが、答弁書には代理人の名前はなかった。西村は今後、自分で準備書面を作るのかと思われた。しかし、第2回口頭弁論でその推測が誤りだったことが判明する。準備書面を作成したのは西村本人でも弁護士でもなく、洋品店襲撃事件の主役の1人でもある右翼Mだったのである。

 右翼Mも千葉に対してはひとかたならぬこだわりがある。平成20年9月1日、万引き被害者の店に押し入ろうとした右翼Mは、「行動する保守」一行が嫌がらせに押しかけることを警戒して店内で待機していた千葉によって侵入を阻止された。右翼Mはどうもそのことを屈辱と感じ、根に持っていたらしい。

「情けない右翼」

 翌平成21年9月1日、右翼Mは東村山駅前で街宣を行った後、今度は1人で再び万引き被害者の店にやってきた(街宣には「行動する保守」Aも来ていたが、洋品店には近づかなかった=本ブログ「第2回朝木明代追悼街宣」参照)。この日も千葉は、「行動する保守」らによる襲撃に備えて店内で待機していた。千葉が目的を聞くと右翼Mは「買物に来た」とどうみても不似合いなことをいう。

 右翼Mは前年、万引き被害者に対して「万引き捏造は許さないぞ」などと誹謗中傷を繰り返した者たちの仲間である。そのとき「店に買物に来て何が悪い」と開き直った者もいた。しかし通常、買物に行くのにヘルメットをかぶり、手にはプラカードを持ち、ハンドマイクで怒鳴る例はあまりない。嫌がらせか襲撃と判断されよう。

 その際に110番され、排除された1人である右翼Mが再び店に現れれば、常識ではそれだけでお礼参りと判断されてもやむを得ない。客とはみなされないということである。だから「買物に来ただけだ」という右翼Mに対して千葉はいった。

「情けない右翼だな」

 右翼Mが仮に万引き被害者に対して本当に明代が万引きをしたのかどうかを確かめるために来たのなら、そういうべきだろう。しかし、「万引きをでっち上げた」と騒ぎ始めてから1年間、被害者に直接確認していなかったこと自体不可解というほかない。

 当事者に確認もしないまま「でっち上げ」と騒ぎ、店に来たかと思えば「買い物」というのでは「情けない右翼」といわれても仕方があるまい。それ以上に千葉は、右翼Mが情報の出所である東村山市議の矢野穂積を追及せず、弱者である店主に対してのみ言い掛かりをつけようとしていることを直感し、とっさに「情けない右翼」という言葉が出たのだろう。しかし千葉のこの一言は、右翼Mのつまらないプライドをさらに傷つけただけだったようである。

 右翼Mが創価学会から提訴されていた裁判の際には、右翼Mは傍聴に訪れた千葉をその場に居合わせた「行動する保守」数人とともに千葉を取り囲み、「情けない右翼とはどういうことか」と問い詰めた。その他の者も千葉に対して口々に非難の言葉を浴びせた。これが右翼Mの器量なのだった。こうした千葉との経緯と本件における準備書面の代筆は少なからず関係しているのではないかと私はみている。

 ところで、裁判所内で右翼Mが千葉をつるし上げる異常な光景を「行動する保守」Aもすぐそばで見ていたが、右翼Mとは無関係であるかのように傍観していた。関わりにならない方が賢明と判断したものとみられる。

 右翼Mによれば、右翼Mに東村山デマを信じ込ませたのは「内部告発があった」などと演説した「行動する保守」Aである。右翼Mの本心はともかく、本件の第1回口頭弁論の時点で横断幕(〈東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明〉)になお「行動する保守」Aの名前があるということは当然、その時点では一応まだ共闘の意思があったと理解すべきだろう。ただ「行動する保守」Aは横断幕から名前を外さなかっただけで、傍聴には1度も来なかった。そのことについて右翼Mや西村に何か思うところがあったかどうかは定かでない。

(つづく)

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西村・細川事件 第15回
ウェブサイトの責任を否認

 右翼Mが具体的な主張を示したのは第2回口頭弁論で提出した第1準備書面においてである。西村の主張を簡単に振り返っておこう。

 平成21年11月2日、私が西村を提訴した際に西村がさいたま地裁川越支部前で街宣活動を行い、千葉について次のように演説した。

〈朝木明代さんの万引き事件、万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長〉

〈訴訟を乱発して一国民に対して100万円を請求する元千葉英司副署長〉

 西村は演説した事実およびその内容については認めたものの、上記①②が名誉を毀損するものであるとする千葉の主張については以下のように否認した。



(西村の主張)

原告千葉が本謀殺事件の捜査の過程において、「万引き事件のでっち上げ」「強引なる自殺として処理」を行ったという疑惑はこの15年間に渡って広く世間に流布されていることである。

 しかしながら創価学会という国家権力に密着した巨大組織による巧妙なる隠蔽工作のために事実が立証されていないことも確かである。

 よって、被告西村は確定的言辞を避けて「万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長」と、発言しているものである。

原告千葉が「訴訟提起を繰り返している」と言うのは紛れも無い事実である。



 についての西村の主張は「断定表現ではないから名誉毀損ではない」というものである。しかし千葉が訴状で主張するように、〈創価学会の疑惑に沈黙するな 東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明〉、〈祝! 千葉英司敗訴「万引き」はでっち上げ! 「自殺」は謀殺だった!!〉とする横断幕やプラカードが掲げられた中で行われたこの演説が一般聴衆にどう聞こえるだろうか。西村が主張するように、単純に「断定していないから千葉の社会的評価を低下させない」ということになるのかどうか。

 については、西村は〈訴訟を乱発〉をたんに〈訴訟提起を繰り返している〉という表現にすり替えている(まさか、特段の意図もなくこう主張したわけではあるまい)。2つの表現の意味がまったく異なるものであることは明らかである。

 またウェブサイトの記載について西村は、

〈「本件記述」に関して被告西村は一切の関与を行っていないし、このような記述をするように指示したこともない。〉
 
 と述べて掲載責任を否認した。元側近にすべての責任を押しつけたということである。普通、組織のトップなら、仮に具体的な指示をしていなくても部下の行為については最終的な責任を引き受けるのではあるまいか。

尋問の申し立てを撤回

 ウェブサイトの掲載責任がどちらにあるかは重要である。この点について西村と元側近の主張は真っ向から対立していた。裁判所としては名誉毀損以前の問題としてなんらかの判断をする必要があると思われた。そんな含みもあったのか、実質的に最後の口頭弁論となった平成23年9月8日の第5回口頭弁論で、裁判官は西村に対して元側近に対する尋問の必要があるかどうかと聞いた。すると西村は即座に、「元側近の人証を申請します」と答えた。

 西村としては当初から元側近の主張等を知りたいと何度も要求していたから、尋問を即答したのも当然と思われた。まさか、「尋問の必要はありません」と答えては足元を見られるような気がして、勢いで「申請します」と答えたわけではあるまい。

 その時点で元側近については和解で終結していた。元側近に対する尋問を行うということは相当の警備態勢を取る必要があるということである。それでも裁判所は西村の申し立てを受け入れた。

 もちろんその際には、元側近だけでなく西村と千葉に対する主尋問と反対尋問がそれぞれ行われる。当然、元側近に対しては西村だけでなく千葉からの反対尋問もあるから、西村にとって不利な供述が出てくる可能性もないとはいえない。そのことを双方了承し、尋問期日を平成23年10月27日とすることを確認した上、西村に対しては事前に陳述書を提出するよう申し付けて第5回口頭弁論は終了した。

 西村は同年9月28日に陳述書を提出した。ところが西村は陳述書で、元側近に対する人証申請を撤回したのだった。西村は冒頭、次のように述べていた。



 次回、10月27日に本人人証を行うとの事ですが、現在までの審理の状況を鑑みるならば、被告の立場から原告に対し尋問を行う必要性を見出せません。よって、下記の理由から裁判長は本裁判の訴えの取り下げを勧告することを要望します。



 自分から元側近に対する人証を申請しておきながら「本人人証を行うとの事ですが」とは、この右翼は何をいっているのだろうか。また西村は「原告に対し尋問を行う必要性を見出せません」というが、西村が最初に人証を申請したのは千葉ではなく元側近であり、この点も尋問を撤回する理由になっていないことが明らかだった。「取り下げ勧告の要望」については聞き流されるだけとみられた。

元側近との対決を回避

 どうやら西村は、元側近に対する人証を裁判官に聞かれて思わず「申請します」といったものの、とりわけ自分に有利な供述を引き出す根拠は持っていなかったようである。そうでなければ尋問を撤回する理由はないし、陳述書で元側近のことに一言も触れない理由もあるまい。

 流れで人証を申請したものの、冷静に考えれば、尋問によって西村が有利な状況を作り出せるとは考えられないことに気がついたということだろうか。あるいは本論とは別に、元側近の口から「主権回復を目指す会」代表・西村修平のこれまで知られていない内情が公表される可能性もあった。

 たとえば元側近が上申書で若干触れていた「公安調査庁から西村が毎月5万円を受け取っていた」という話や「以前、毎月高額な寄付をしていた女性がいた」という話、「行動する保守」の男女関係の話など――必ずしも積極的に公にすべきではない話が詳述される可能性もないとはいえない。どっちにしても、客観的にみて元側近を尋問することで西村にとって有利な材料を引き出せることは想定できなかった。

 こうして、当初は西村自身が積極的に申し立てたにもかかわらず自ら撤回を申し立てたことで本人尋問はなくなった。私には、西村が千葉の尋問からだけでなく元側近との対決からも逃げたように感じられた。

一足先に右翼Mの敗訴が確定

 尋問を避けることについては右翼Mも異論はなかったのではあるまいか。準備書面を作成してきたのは右翼Mである。この裁判の最大の争点である「千葉は万引き事件をでっち上げた(といわれている)」とする事実を立証するために西村(=右翼M)が乙第1号証として証拠提出したのは右翼Mが発行する「政経通信」第38号だった。

 しかしこのビラの記載はいうまでもなく「千葉は万引き事件をでっち上げた」とする事実の真実性・相当性を証明するものではない上に、すでに本件提訴の1年前に千葉から提訴され、右翼Mは一審(平成23年2月16日判決)、二審(平成23年7月20日判決)ともに10万円の支払いを命じられている。

 そのせいか右翼Mは本件で「千葉は万引き事件をでっち上げた」とする事実について真実性・相当性をいっさい主張しなかった。右翼Mとしても真実性・相当性で勝負するのは困難であることはわかっていたのだろう。

 本件事件はその後、西村との和解協議が決裂して平成23年11月24日、結審した。それから2週間後の12月8日、千葉が右翼Mを提訴していた裁判で最高裁は右翼Mの上告を棄却する決定を行い、右翼Mの敗訴が確定している。ほぼ同じ表現の演説と記事について右翼Mだけが敗訴するということは考えにくかった。

(つづく)

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西村・細川事件 第16回
真実性の立証をしなかった西村

 本件裁判の主な争点は以下の4点である。

争点①〈万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長〉との演説及び記載の名誉毀損の成否

争点②〈訴訟を乱発して一国民に対して100万円を請求する元千葉英司副署長〉との記載の名誉毀損の成否

争点③ 本件動画等の撮影・掲載についての西村の責任の有無等

争点④ みだりに自己の容貌等を撮影・公表されない人格的利益の侵害の成否

 これらについて東京地裁はどう判断したのか。

争点①〈万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長〉との演説及び記載の名誉毀損の成否

 この点について西村は、〈(千葉が)万引き事件をでっち上げたとの疑惑が立証されていないことも確かであったので、確定的言辞を避けて、「万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長」と発言した(断定していないから名誉毀損ではない)と主張している。これに対して東京地裁は次のように述べて名誉毀損を認定した。



(東京地裁の判断)

(演説)


 被告は、「祝! 千葉英司敗訴 「万引き」はでっち上げ! 「自殺」は謀殺だった!!」等と記載された本件看板を掲示した傍らで、本件演説を行ったものであり、……原告が万引きをでっち上げたとの事実を述べているものと受け取られるものと認められるから、被告の上記主張は、採用することができない。

(ブログの記述)

 本件記述においても……「限りなくでっち上げに近い」と表現しているが、その表現自体、断定に極めて近い表現を採用しているものである。しかも、本件記事は、「祝! 千葉英司敗訴 「万引き」はでっち上げ! 「自殺」は謀殺だった!!」等と記載された本件看板写真と共に記載されているものであり、……原告が万引き等をでっち上げたとの事実を述べているものと受け取られるものと認められるから、被告の上記主張は、理由がない。



 たんに「……といわれている」「限りなく……」などと表現を婉曲にしたとしても、一般読者や聴き手が事実であると受け取る可能性があれば、その表現は事実の摘示とみなされるということである。

 最高裁判例では、発言や記事が他人の名誉を毀損するものであっても①真実性・相当性②公共性・公益性があり、③人身攻撃に及ぶなど論評の域を逸脱していない場合には違法性が阻却される。では、争点①について違法性阻却事由はあったのかどうか。東京地裁は次のようにのべた。



(争点①についてのまとめ)

 万引きでっち上げ部分については、原告の名誉を毀損するものであり、真実性又は相当性の主張はないから、仮に公共性及び公益目的が認められたとしても、被告は、上記名誉毀損により原告に生じた損害を賠償する義務がある。



 西村は千葉から提訴された最初の裁判では数百枚の書証を積み上げたものだが、今回は尋問も撤回しただけでなく、相当性の主張さえしなかった。右翼Mとともに、東村山事件が実はどういうものだったのかを少しは理解したのだろうか。

争点②〈訴訟を乱発して一国民に対して100万円を請求する元千葉英司副署長〉との記載の名誉毀損の成否

 では〈訴訟を乱発して一国民に対して100万円を請求する元千葉英司副署長〉との記載についてはどうか。この表現について東京地裁は、事実認定の段階で次のように述べて名誉毀損性を認定している。



(名誉毀損の成否についての判断)

(この部分は)その文言自体から、一般聴衆に対し、原告が根拠が乏しい訴訟提起を繰り返していると印象付けるものであり、原告の社会的評価を低下させるものと認められる。



「訴訟乱発」や「濫訴」が名誉毀損に該当することについてはほかにも判例があるようである。その上で東京地裁は、千葉の提訴について次のように述べた。



(争点②に対する判断)

 原告の提起した訴訟の数及び結果からすると、原告が訴訟を乱発していると認めることはできない。

 かえって、上記事実によれば、原告が提訴した訴訟の数は確かに多いが、その一部勝訴の数、全面敗訴した事件における敗訴の理由を考慮すれば、原告は訴訟を乱発する人ではないことが認められる。

 仮に、被告がそのように信じたことについて相当性を主張しているのだとしても、上記事実のみからは、訴訟の乱発と信ずるについて相当な理由があるとは認めることもできず、他にこの点を認めるに足りる証拠はない。



 東京地裁はこう述べて、この点についても損害賠償責任を認定したのである。ちなみに「訴訟の乱発」については、千葉だけでなく私に対して向けられたものでもあった。

争点③ 本件動画等の撮影・掲載についての西村の責任の有無等

 西村はブログの記事についてはすべて元側近が勝手に掲載したもので、代表である自分には責任がないと主張している。一般社会ではあり得ないが、裁判所はどう判断したのか。東京地裁は撮影行為について〈被告の指示によるものと認められる。〉と撮影が西村の指示だったと認定した上で、掲載行為について次のように述べている。



(掲載行為に対する判断)

 掲載行為については、被告(筆者注=西村)の主張によっても、被告は、細川が本件団体名を冠した本件サイトを立ち上げ、本件サイトで動画配信等を行うことに同意していたものである。そして、……本件サイトへの掲載内容について、細川から一々事前に相談されることはなかったとしても、本件サイトに掲載された内容は、本件団体ないし被告の前日の川越支部前での活動を報告し、本件団体の政治的主張とも整合していたものである。さらに、本件動画及び本件写真の掲載は、平成22年12月4日まで続けられ、本件記事の掲載は、その後も現在まで続けられているものである。これらの事実及び弁論の全趣旨によれば、被告の上記主張は、到底採用することができない。



 ある団体が運営しているサイトの責任は、特段の事情がないかぎり、その団体の長にあるのが普通で、記事等の掲載に関して代表者である西村には責任があると認定した東京地裁の判断はきわめて常識的なものである。

(つづく)

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西村・細川事件 第17回
争点④ みだりに自己の容貌等を撮影・公表されない人格的利益の侵害の成否

 ここでいう「撮影」とは、私が西村を提訴していた裁判の際、さいたま地裁川越支部に入る私と傍聴に来た千葉を撮影したものである。その際の撮影行為の状況と態様について東京地裁は次のように認定している。



(撮影された状況と態様)

 原告は、持っていた鞄をかざして撮影を拒む意思を明示したが、撮影者である細川は、それを無視し、20数秒の間、原告を撮影し続けたことが認められる。



 千葉は憲法で保障された裁判の傍聴をするために裁判所を訪れたというだけでなく、細川に対して撮影を拒絶する意思表示をしていたことを東京地裁は認定している。その上で東京地裁は、本件撮影およびブログで公表した行為について次のように結論づけた。



(違法性の有無)

 本件動画の撮影行為は、みだりに自己の容ぼう等を撮影されないという原告の人格的利益を侵害するものであり、不法行為法上違法であると認められる。

 そして、このように違法に撮影された本件動画及び本件写真を、……本件サイトに掲載して公表する行為も、原告の人格的利益を侵害するものであり、不法行為法上違法であると認められる。



 こう述べて東京地裁は、本件演説とブログ記事による名誉毀損と動画等の撮影と公表行為の違法性を認定。名誉毀損に対する慰謝料については10万円、撮影と公表行為によって生じた損害に対する慰謝料として20万円が相当であるとし、西村に対して計30万円の支払いおよび、ブログ記事中、「これが限りなくでっち上げに近いことが判明されている」との部分について削除を命じたのである。

消えた「指導者」の名前

 判決が言い渡された平成24年1月26日、西村は右翼Mらとともに立川駅前で街宣を行った。裁判所には通用しない一方的かつ独善的な主張であっても、違法性がないかぎり、駅前で主張することは自由である。

 ところで、「行動する保守」Aが「現職警察官の内部告発」があったとして朝木事件の「真相究明」に乗り出して以後、彼らが街宣のたびに掲げる〈創価学会の「疑惑」に沈黙するな! 東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明〉と記載された横断幕に重大な異変があった。第1回口頭弁論の際には賛同団体として記載されていた(私が確認したかぎりでは、第3回口頭弁論が行われた平成23年3月3日時点でも同様)「せと弘幸blog『日本よ何処へ』」の名前が白い塗料で塗り潰されていたのである。

 塗り潰されたその上には右翼Mの「政経調査会」と手書きで記載されていた。「行動する保守」Aの名前がいつ消されたのか、また西村と右翼Mが一方的に消したのか、あるいは「行動する保守」Aが消してくれるように依頼したのかなど詳細な事情はわからない。しかし、「真相究明活動」と称する一連の街宣活動を象徴する横断幕からこの愚かな活動を主導してきた「行動する保守」Aの名前が消えるとはただごととは思えなかった。

 少なくとも平成23年3月3日から平成24年1月26日までの間に、西村、右翼Mと「行動する保守」Aの間になんらかの異変があったものと理解できた。「行動する保守」一行の中の出来事を常識で推し量るのは至難の業だが、可能性として考えられるのは、「行動する保守」Aが平成23年4月20日に千葉との裁判で10万円を支払って和解したことだろうか。しかも「行動する保守」Aは同年4月7日に提出した上申書において、「現職警察官から聞いた」とする「内部告発」の内容が、実は「警察官から『そのような話を聞いた』という話を聞いた」という、どうしようもない与太話だったことを明らかにしていた。

 この裁判が始まった当時、右翼Mから「内部告発」の真相究明について聞かれた「行動する保守」Aは「関係者を通じて警察関係者との交渉で調査・聞き取りを継続している」と答えたらしい。右翼Mが上記上申書の内容を確認していたかどうかは明らかではないものの、千葉から提訴されていた「行動する保守」Aが「内部告発」の内容を明かにしないまま千葉の主張を丸飲みするかたちで和解した時点で、さすがの右翼Mも「行動する保守」Aに騙されていたことに気がついたということかもしれない。

 それでも平成23年3月3日の時点では横断幕に「行動する保守」Aの名前があったということは、少なくとも裁判開始からしばらくは、西村も右翼Mも「行動する保守」Aが「朝木明代謀殺事件の真相究明活動」の大きな支えになってくれるものと期待していたということなのだろう。「行動する保守」なりの信頼関係がまだあったことはよいが、残念ながらその信頼関係は嘘によって支えられていたことが上申書によって明らかになった。本件裁判に「行動する保守」Aが1度も顔を出さなかったことも理解できよう。

 西村と右翼Mが横断幕から「行動する保守」Aの名前を消したことには理由がある。西村と右翼Mが一方的に塗り潰したのか、あるいは「行動する保守」Aが離脱を通告したのか。いずれにしても西村・右翼Mと「行動する保守」Aの間になんらかの地殻変動があったとみるべきだろう。

 朝木明代の万引きを苦にした自殺をめぐり、「行動する保守」一行が矢野と朝木の主張する「万引き冤罪」と「他殺」のキャンペーンに乗り出した平成20年7月以来、〈創価学会の「疑惑」に沈黙するな! 東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明〉と記載された横断幕は常に彼らの街宣とともにあった。しかし、最盛期は5団体を数えた横断幕の賛同団体は徐々に減り、ついには旗振り役だった「行動する保守」Aの名前も消えてしまった。

 賛同団体の変遷、離合は「行動する保守」一行の朝木事件に対するスタンスと認識をそのまま映していよう。捜査を指揮した千葉が闘い続けた結果であると私は考えているが、いまだ横断幕に名前を残す右翼Mと西村は、社会的にみて特異な存在である「行動する保守」一行の中でも異質なのかもしれない。

西村が控訴

 なおその西村が平成24年2月8日、控訴状を提出したことがわかった。控訴審では今度こそ「千葉が万引きをでっち上げた」との事実について真実性・相当性を主張・立証するのか。また一審ではいったんは申請しながら撤回した千葉や元側近に対する尋問を再度申し立てるのか、注目されるところである。

(了)
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西村・細川事件控訴審(その1)
西村が控訴を取り下げ

 演説内容と「主権回復を目指す会」のウェブサイトに掲載した記事をめぐり東村山警察署副署長だった千葉英司から提訴され、一審で30万円の支払いを命じる判決を言い渡されていた同会代表、西村修平が平成24年5月22日、東京高裁に対して控訴取下書を提出、控訴を取り下げたことがわかった。確定期日は平成24年2月10日となる。

 控訴審第1回口頭弁論は翌平成24年5月23日に予定されていたが、2日前の5月21日午前、西村本人から千葉に直接電話があった。西村はこういった。

「控訴を取り下げるので、削除箇所を示してほしい。明日(22日)に裁判所に取下書を提出するつもりだ。それ以外にも不快感を与えた記事があれば削除するので明示してほしい」

 これに対して千葉は、取り下げに応じる旨の回答をした。

 ちなみに控訴した場合には第1回口頭弁論前までに控訴理由書を提出するのが普通だが、西村から電話を受けた時点で千葉は控訴理由書を受領していない。一審で西村の書面を作成していた盟友の右翼Mは矢野に騙されたことを否定し、自らの判断で「朝木明代は謀殺されたと考えた」と語った。その右翼Mはもう控訴理由書を作る気力がなくなったのだろうか。それならそうと、潔く世間に公表すべきだろう。

矢野の主張を鵜呑みにした演説

 千葉が提訴していたのは、西村が平成21年11月1日にさいたま地裁川越支部前で行った街宣と平成21年11月2日付〈創価学会が大喜びする宇留嶋の訴訟乱発 創価学会「御用達」は栄えある名誉の筈だぞ! 言論・政治活動の自由をカルト教団から守れ〉と題する記事である。

 西村は街宣で次のように演説した。

〈朝木明代さんの万引き事件、万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長と、えー、一心同体となっている宇留嶋瑞郎が、今、裁判所に今入って来ました。訴訟を乱発して一国民に対して100万円を請求する元千葉英司副署長と宇留嶋創価学会御用達ライターがね、これ名誉毀損といわれた当本人が今裁判所に入りました。〉

 西村が演説する背後では支援者らが〈創価学会の疑惑に沈黙するな 東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明〉〈祝! 千葉英司敗訴「万引き」はでっち上げ! 「自殺」は謀殺だった!!〉などと記載した横断幕やプラカードを掲げていた。

 また西村はウェブサイトで上記横断幕やプラカードの写真、さらには千葉の映った動画や写真を掲載するとともに次のように記載した。

〈朝木明代・東村山女性市議の謀殺事件を転落・自殺としたのが東村山署元副署長の千葉英司。自殺の動機を『万引き』を苦にしたとして事件を処理したが、これが限りなくでっち上げに近いことが判明されている。〉

 千葉は上記演説と記事、および千葉の映像や写真を掲載したことに対して提訴していた。当初千葉は西村とともに元側近を提訴していたが、元側近との間では一審の途中で和解が成立している。

ことごとく排斥された主張

 演説について西村は「確定的言辞を避けて、『万引きをでっち上げたといわれている元千葉英司副署長』」と発言したにすぎないなどと主張した。しかし、東京地裁は西村の主張を斥け、名誉毀損を認定。ウェブサイトの記事についても東京地裁は、〈自殺の動機を「万引き」を苦にしたとして事件を処理したことを「限りなくでっち上げに近い」と表現しているが、その表現自体、断定に極めて近い表現を採用している〉などとして、名誉毀損を認定している。

また〈訴訟を乱発する〉との表現についても、〈原告が提訴した訴訟の数は確かに多いが、その一部勝訴の数、全面敗訴した事件における敗訴の理由を考慮すれば、原告は訴訟を乱発する人ではないことが認められる。〉などと述べ、名誉毀損の成立を認めている。

 動画の撮影及びウェブサイトの記事については、西村は「すべて元側近が勝手に行ったから自分には責任がない」などと、とうてい政治団体の代表とも思えない非常識な主張をしていた。しかしこれらの主張に対しても、東京地裁はそれぞれ以下のように述べて西村の責任を認定した。



(動画の撮影)

 細川は、川越支部前で本件団体(筆者注=「主権回復を目指す会」)の活動を撮影していたところ、本件演説により原告の登場が指摘されたため、本件演説に応じて原告を撮影したことが認められるから、本件動画の撮影は、被告(筆者注=西村)の指示によるものと認められる。

(ウェブサイトにおける記事の掲載)

 被告は、細川が本件団体名を冠した本件サイトを立ち上げ、本件サイトで動画配信等を行うことに同意していたものである。そして、……本件サイトへの掲載内容について、細川から一々事前に相談されることはなかったとしても、本件サイトに掲載された内容は、本件団体ないし被告の前日の川越支部前での活動を報告し、本件団体の政治的主張とも整合していたものである。




 なお、西村は本件演説および記事の真実性については〈訴訟を乱発〉との表現を除いていっさい主張しなかった。

 こうして一審の東京地裁は西村に対し、

①30万円の支払い

②平成21年11月2日付〈創価学会が大喜びする宇留嶋の訴訟乱発 創価学会「御用達」は栄えある名誉の筈だぞ! 言論・政治活動の自由をカルト教団から守れ〉との記事中、「これが限りなくでっち上げに近いことが判明されている。」との部分を削除せよ

――との判決を言い渡した。西村の控訴取り下げによってこの判決が確定したのである。

 今回の控訴取り下げと判決確定について、自ら千葉に取り下げを申し入れた西村は一応納得しているとみていいだろう。しかし一審で西村の準備書面を作成し、法廷でもあたかも当事者であるかのように裁判官とやり合っていた右翼Mは心中穏やかではないのではあるまいか。

 右翼Mは、私に対してはつまらないプライドから「『朝木明代は殺された』と考えたのは自分自身の判断だ」などと強弁した。本来怒りを向けるべきなのは、東村山デマの発信源である東村山市議の矢野穂積と朝木直子、それに「犯人を特定していたという現職警察官の内部告発があった」などというホラによって右翼Mらを東村山デマに引きずり込んだ「行動する保守」Aのはずだが、それもできない。矢野や「行動する保守」Aを正面から追及することは自らの不明を証明することでもある。右翼Mにそれをする度量があろうか。

 いずれにしても平成24年5月23日、東京高裁の裁判官は右翼Mから追いかけられる恐れもなくなり、職員は右翼Mらに対する警戒態勢から解放されることになったのは喜ばしいことというべきだろう。

(つづく)

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西村・細川事件控訴審(その2)
「不快な記事も削除する」との申し出

 控訴取り下げの前日、西村は千葉に対して「控訴を取り下げるので、削除箇所を示してほしい。明日(22日)に裁判所に取下書を提出するつもりだ。それ以外にも不快感を与えた記事があれば削除するので明示してほしい」と述べたが、「それ以外にも……」とは、「本件で千葉が問題にした記事以外の記事でも」という趣旨だった。

 それも「名誉毀損と思う記事」でなくても「不快感を与えた記事があれば」というのだから、かなり奇特な申し出である。「不快感を与えたもの」とは千葉の主観で通常、「不快」程度では「言論・表現の自由」を制限することはできない。ところが西村は、「不快感を与えた(千葉が不快に感じた)」というだけで削除要求に応じるとまでいうのである。並大抵の譲歩ではない。

 これには西村なりの計算があったものと思われるが、西村の方から率先して「不快感を与えた記事を指摘すれば削除する」というのだから、千葉がこの申し出を拒否する理由はあるまい。千葉は西村が取下書を提出したことを確認したのち、西村に対して本件以外に削除を要請する箇所を列記した文書を送付した。千葉が本件以外に削除を要請した箇所は以下のとおりである。



(本件以外に千葉が削除を要請した記事等のリスト=記事はいずれも「主権回復を目指す会」のサイト)

 平成20年9月1日付
 「朝木明代さん殺害事件を13年目の命日に市民に訴える! 創価学会の『疑惑』に沈黙するな〈朝木明代さん謀殺事件の追究を〉との表題及び本文の全部、ならびに「創価学会の四悪人」と題する看板の写真。

 平成20年9月1日付
 「番外編 【洋品店『スティル』を表敬訪問、慌てふためく創価の取り乱し】〈何と! あの千葉英司副署長が『スティル』の“店主”として登場する〉万引きでっち上げこそ謀殺を『自殺』にすり替えるキーワード」との表題及び本文の全部、ならびにリンクされた動画における千葉の容姿。

 平成20年11月13日付
 「『東村山の闇』に光を!! 〈東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件が再び法廷の場へ〉事件の捜査責任者(千葉英司・元東村山署副署長)が西村修平氏を訴える」との表題及び本文の全部、ならびに「創価学会の四悪人」と題する看板の写真。

 平成21年2月4日付
 「第二回公判(対創価学会)と八王子駅前街宣『東村山の闇』に光を! 謀殺が『自殺』に変わった真相に光を!! 〈東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件が再び法廷の場へ〉」との表題及び本文の全部、ならびに「創価学会の四悪人」と題する看板の写真。

 平成21年7月24日付
 「〈殺人を『自殺』にすり替えた最高裁判事は出てきて釈明せよ!〉『聖域』なる最高裁の仮面を剥いだ突撃抗議 カルト教団に屈伏したデタラメ判決を許さないぞ!」との表題の本文の「東村山署元副署長・千葉英司の言い分は、朝木議員の自殺の動機が『万引き』であるとしているが、この万引きが具体的証拠資料の検分で、限りなくでっち上げであることは証明されている。」との文言の全部、ならびに「創価学会の四悪人」と題する看板の写真。

 平成21年9月2日付
 「第五回口頭弁論(対創価学会)と立川駅前街宣〈東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件が再び法廷の場へ〉」との表題及び本文の全部、並びに「創価学会の四悪人」と題する看板の写真と「自殺の動機とした『万引き』捜査のデタラメを現物でもって証明する西村修平代表」との説明文の全部。

 平成21年11月2日付
 「主権回復を目指す会〈行動・活動〉」に掲載された「創価学会が大喜びする宇留嶋の訴訟乱発 創価学会「御用達」は栄えある名誉の筈だぞ! 言論・政治活動の自由をカルト教団から守れ」との記事中、写真に掲載された「祝! 千葉英司敗訴『万引き』はでっち上げ! 『自殺』は謀殺だった!!」との文言の全部。

 平成21年11月18日付
 「創価学会の訴訟乱発から国民の生活を守れ」との表題及び本文の全部、写真に掲載された看板の「創価学会の四悪人」との表題及び本文の全部、瀬戸弘幸の写真説明文の全部、槇泰智の写真説明文の全部、西村の写真説明文の全部、リンクした動画における千葉を名指しした批判演説部分の全部。

 平成22年5月26日付
 「元副署長・千葉英司の訴訟乱発を糾す! 〈東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明〉創価学会の『疑惑』に沈黙するな」との表題及び本文の全部、ならびにリンクした動画における千葉を名指しした批判演説部分の全部。

10 平成22年10月6日付
 「槇泰智が闘う反創価学会〈東村山の闇に光を〉創価学会の訴訟乱発から言論の自由を守れ」との表題及び本文の全部、ならびに写真の「千葉英司元副署長の杜撰捜査を暴く西村修平代表」との説明文の全部。

11 平成22年10月28日付
 「創価学会に屈伏した東京高裁のデタラメ判決を許すな!〈東村山の闇に光が! 『創価学会の四悪人』などの名誉毀損は成立せず〉 デタラメ判決で謀殺事件を抹殺にはできない」との表題及び本文の全部、ならびに写真の「口頭弁論で西村代表側から出された事実は杜撰捜査を白日の下にさらけ出した」との説明文の全部。

12 平成22年12月10日付
 「千葉英司が又も西村修平代表を肖像権の侵害で訴える〈創価学会による言論弾圧に屈するな!〉」との表題及び本文の全部、ならびに「立川駅北口、ここの空中広場は創価学会糾弾と千葉英司・元東村山警察署副署長の『疑惑』捜査事件で有名になった」との写真説明文の全部及び、写真の看板に掲載された「創価学会の四悪人」との表題と本文の全部。

13 平成23年1月31日付
 「千葉英司が又も西村修平代表を肖像権の侵害で訴える〈創価学会による言論弾圧に屈するな!〉千葉英司の政治活動の妨害を許してはならない」との表題及び本文の全部、ならびに「創価学会の四悪人」と題する看板の写真とその真下の説明文の全部。

14 平成23年3月3日付
 「千葉英司肖像権の侵害裁判、第三回口頭弁論〈創価学会による言論弾圧に屈するな!〉東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底糾明を」との表題及び本文の全部。

15 平成24年1月30日付
 「国民必見の『杜撰』捜査全容 『疑惑』の現場・洋品店に千葉英司(東村山署元副署長)が何故?」との表題及び本文の全部。写真に掲載された「祝! 千葉英司敗訴『万引き』はでっち上げ! 『自殺』は謀殺だった!!」との文言の全部。写真に掲載された「何故? 万引きの現場洋品店に! 元東村山署の副署長が店主? を務めるのか」との見出しの看板ならびにその説明文の全部。リンクされた動画における演説で千葉を名指しして批判している部分の全部。



 以上である。西村は東村山デマ関連の記事をすべて削除することを検討した方が賢明なような気もする。これらの記事を削除するということは、当時の主張をすべて取り消すということである。

 西村に対する信頼感から記事を信用し、千葉や万引き被害者に非難の目を向けた支援者は少なくない。平成20年11月13日、東京地裁八王子支部には50名近い支援者が集まったものだった。支援者たちも多くの時間と経費をドブに捨てたということになろうか。

 なお、千葉は要請文の末尾で、第1次裁判で命じられた損害賠償10万円と今回の30万円を合わせた計40万円の支払いを求めている。かつて西村は私に対して国家を語る政治団体の代表らしく「法治国家だから判決には従う」と大見得を切ったものである。ところが今回の千葉の請求に対しては、「あまりいじめないでよ」などと、わけのわからないことをいっているという。

(了)
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