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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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東村山市議会議長誹謗中傷事件 第2回
公明党都議が右翼Mを告訴・告発

 公明党の機関紙『公明新聞』(6月20日付)によれば、公明党の高倉良生都議会議員は6月19日、右翼Mが同都議を犯罪者などとする街宣および同趣旨のビラを配布したとして名誉毀損罪で警視庁に告訴した。また、東京都中野区議会公明党議員らも同日、右翼Mの行為が公明党を「犯罪者集団」とするなど、高倉都議を落選させることを目的とした公選法の虚偽事項公表罪に当たるとして警視庁に告発した。

 右翼Mは6月20付ブログにおいて、この告訴・告発について「警視庁が受理したかどうかが、書かれていない」などと記載している。公明都議らは告訴・告発をしたが、これは一方的な記載に過ぎず、警視庁が受理したかどうかはわからないといいたいらしい。

 確かに記事の限りではそういえるのかもしれない。ただ、この件を報じているのは当事者が所属する公党の機関紙である。告訴・告発事件の情報については、捜査に関わる問題だから慎重な扱いとなるのが通常で、公表する以上は当然受理されたものと理解していいだろうし、また公表することについて警視庁の了解を得ているとみてよかろう。

 ひるがえって、矢野が発行し右翼と妙観講が配布・宣伝活動に関与した『北多摩市民新聞』はどうか。矢野のビラの場合は谷村都議を「犯罪者」とまでは断定していないものの、「口利き疑惑」はそのような疑惑が存在しなかった場合には「虚偽事項の公表」に該当すると判断されかねない。矢野と朝木が配布活動にまで参加していた事実を公表した妙観講信者に対し、自分たちの名前を削除するよう申し入れたとしてもなんら不思議はない。

一線を踏み超えた街宣

 しかし右翼らは、妙観講信者のブログからなぜ矢野と朝木の名前が消えたのかについて、特に疑問を感じることはなかったのだろう。6月12日のビラ配布に続き14日の日曜日にはビラ配布に加えて右翼Mが東村山に街宣車で乗りつけ、東村山市周辺で街宣活動を繰り広げた。

 右翼Mらが街宣のスタート地点に選んだのは、平成20年9月1日、右翼M自身が万引き被害者の店に押しかけたときと同じ西武新宿線東村山駅東口だった。朝の9時、右翼Mは次のような街宣を行った。



 えー、そぐそこのビルの階段、廊下から、当時、公明党・創価学会の不正というものを糾弾しておりました女性市議会議員が転落死いたしました。この事件を担当の東村山警察署は、たんなる自殺というふうに片づけましたが、これは明らかに創価学会による犯罪なんです。

 こういった創価学会による犯罪、殺人事件というものを野放しにしておいてはいけないということで、われわれ、特にこの東村山に住むみなさん方にお伝えしております。

 創価学会、非常に狡猾であります。この朝木明代市議会議員が自殺したんだというストーリーを作るために、殺害する2カ月前、すぐそこにあります○○(洋品店名)という女性用の洋品店があります。そこで万引きをしたんだという事件をでっち上げました。(そうだ)朝木明代市議が万引きして警察に捕まったことも「苦にして自殺したんだ」というストーリーまで作り上げた。これが創価学会の狡猾なやり方なんです。(そうだ)

 この創価学会・公明党によってこの東村山は牛耳られているんです。(そうだ)議会もそうです。みなさん方の市民生活すべてが、創価学会によって牛耳られて平穏な生活ができない状態にあるということ。みなさん方はお感じになっていると思います。われわれはこうした創価学会の犯罪、不正、こういったものを正していこうということで本日この東村山駅前、そして東村山市内に入って、みなさま方に街宣(?)活動をさせていただいております。

 創価学会というのはまさに犯罪者の集団なんです。(そうだ)宗教といいながらも宗教のかけらもない、金儲けの集団である。宗教法人をカサに着ながら、金儲けをやって日本の国を牛耳って、やりたい放題で犯罪のオンパレードであります。(そうだー)

 みなさん、宗教法人法というのをご存じでしょうか。宗教法人には基本的に税金がかけられておりません。これは基本的には、神社・仏閣・お寺のような、みなさん方市民の生活の憩いの場となるような鎮守の森のような状況、そういったところに対しては○○に入っていける、国民の心の平安を維持するという意味でもって、お寺とか神社、そういったものには固定資産税がかけられておりません。

 創価学会もそうなんです。本来なれば宗教というのは、国民の心の平安を維持するために必要なもんです。だから税金がかけられていない。しかしながらどうでしょうか。創価学会の施設、大きな鉄の扉で閉じて仕切られて、一般人がまったく近づくことができない。その創価学会の施設の中で、金儲け、謀略、殺人予備行為、政界工作、こういった犯罪が行われている。宗教法人法の名の下に、創価学会が保護されている。おかしいじゃないですか。(そうだ)

 われわれ一般国民の素朴な感情をもって、創価学会の犯罪、徹底して糾弾していかなければならないと思っています。今日は夕方まで目一杯、この東村山市内でもってわれわれ、活動させていただきます。どうぞご理解、ご協力のほどお願いします。



 矢野・朝木も右翼Mが信じてやまない古参右翼も、「創価学会を批判していた朝木明代市議は、何者かによって殺されました」とはいっても、「明らかに創価学会による犯罪」とまでは決していわない。そう断定すれば、たちまち名誉毀損に問われることを十分に認識しているからである。

 この右翼Mは、これまでの矢野・朝木や先輩右翼の街宣から本当に朝木明代が「創価学会に殺された」と信じ込んでいたのだろう。あるいは、先輩右翼のいう「(東村山署が他殺であるにもかかわらず自殺として隠蔽したとする)内部告発者の存在」などという、いつまでたってもその詳細を明らかにできないデマ話によって、すっかり信じ込まされたのだろうか。

 右翼Mがどの時点で矢野と朝木の情報操作にたぶらかされたのかは不明であるものの、「朝木明代は創価学会に殺された」と信じ込んでしまった結果、デマの発生源である矢野も朝木も、さらに「内部告発者の存在」などというデマ話によって支援者を巻き込んだ古参右翼も慎重に踏み越えないように注意していた一線を簡単に踏み越えたのである。なにか彼には、そう断定できるだけの独自の証拠でもあったのだろうか。確たる証拠があれば別だが、矢野・朝木、古参右翼が提供した「材料」以外に確たる証拠がないとすれば、右翼Mは創価学会から不法行為の責任を問われてもなんら不思議のない立場に自らを立たせてしまったということになる。

 右翼Mらのこの日の街宣活動に東村山市会議員の矢野穂積と朝木直子が合流したという事実は確認されていない。矢野と朝木が右翼らと行動を共にしたくないと考えたとしても、それはむしろきわめて賢明な判断というべきだろう(もちろん、右翼Mのこの日の行動の直接的な発端となったのが矢野による「北多摩市民新聞」の発行であることはいうまでもなかろう)。

「何も考えない」右翼

 しかし、すでに矢野と朝木のデマにすっかり乗せられてしまった右翼らが、いま東村山駅前で行った街宣が右翼Mにとって何を意味するかについて理解することは難しかったのだろう。右翼らは街宣車のスピーカーから右翼Mが事前に作成したと思われるエンドレステープを流しながら、東村山周辺街宣の旅に出発したのだった。



 諸悪の象徴、創価学会を追放しましょう。
 
 殺人罪の時効まであと1年。14年前の朝木明代市議会議員の転落死は自殺ではありません。事件を担当した東村山警察署、担当検事もカルト教団関係者(カルトです)。これで公正な捜査ができるのでしょうか。(できません)

 今こそ創価学会の犯罪を暴き、東村山に安全な暮らしを取り戻しましょう。(取り戻しましょう)もう許さない、創価学会の横暴を。

 創価学会・公明党による議会の私物化をやめさせましょう。創価学会の被害者は声を上げて立ち上がりましょう。(立ち上がりましょう)

(カッコ内は別の右翼。それ以外は右翼Mの声)



「行動」と「思考」はなにも対立する概念ではないが、彼らにとって「行動する右翼」とは「何も考えない(考えられない)右翼」ということなのだろうか(「調べない右翼」ともいうらしいが)。エンドレステープの内容もまた、まさに「朝木明代は創価学会に殺された」と主張するものにほかならなかった。彼らが正義の「行動」と信じ込んでいるらしい街宣の旅は、理性的な判断において実は創価学会に対する不法行為(名誉毀損)拡大の旅だった。

(つづく)

テーマ:右翼 - ジャンル:政治・経済

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東村山市議会議長誹謗中傷事件 第3回
東村山文化会館前の街宣

 6月14日朝の9時30分ごろ、東村山駅前を旅立った異様な街宣集団の一行がどこをどう巡ったのかは明らかでないが、彼らが創価学会の東村山文化会館に立ち寄ったこと、またそこでの街宣内容については当事者のブログで公表されている。まず右翼Mの街宣を聞こう。



 創価学会のみなさん、今こそ、この創価学会というカルト集団への帰依を払拭してまともな日本人になってください。(そうだ、そうだ)

 創価学会というのは、犯罪者の集団。殺人部隊さえ持った集団だ。なぜ宗教法人法によって守られていなければならないんでしょうか。(そうだ)

 創価学会は14年前、朝木明代東村山議員の死に対し、きちんとした説明をしなければなりません。(そうだ、そうだ)

 当時、市議会における公明党・創価学会の不正を追及していた朝木明代市議が、駅前のビルから突き落とされて殺されました。殺人罪の時効、あと1年で時効になります。今こそこの、薄汚い創価学会の犯罪に対し、われわれ国民が市民が、集団の声、鉄槌を下していかなければなりません。(そうだ、そうだ)

 創価学会というのが殺人者の集団であるということは、公明党の委員長であった矢野絢也氏もきちっと証言しております。(そうだ、そうだ)

 当時の公明党最高顧問であった藤井富雄氏は、矢野公明党書記長のもとに行って、「今、創価学会が、にとって都合の悪い人間を殺害しようとしているけれども、そんなことをしたら創価学会としてマイナスイメージになるから止めた方がいいんじゃないか、秋谷創価学会会長に進言してくれ」という相談をもちかけている。これはまぎれもなく、創価学会が殺人部隊を持っているということを物語っています。(そうだ)
 
 この矢野書記長のもとに行ってそのすべての詳細を書いたメモ帳を強奪した。まさにこれは犯罪、強盗、盗人の集団ということがいえます。

 創価学会はこの日本における最大、最悪の犯罪者集団。とっとと日本から出て行け。(出て行け~)

 創価学会の犯罪を許すな~。(許すな~)

 カルト教団、創価学会、解散しろ~。(解散しろ~)

 創価学会は殺人をやめろ~。(やめろ~)

 創価学会、公明党の宗教法人、許さないぞ~(許さないぞ~)

 創価学会は朝鮮に帰れ~(帰れ~)

 犯罪者集団、創価学会を許すな~(許すな~)

 創価学会、日本から出て行け~(出て行け~)。(別の右翼)在日カルトは出て行け~。



 右翼Mの主張を要約すれば、

「14年前、朝木明代議員はビルから突き落とされて殺されたが、これは薄汚い創価学会の犯罪である」

「創価学会は最悪の殺人者、犯罪者の集団である」


 ということになろうか。もちろんこの声は近隣に響き渡った。明代の「万引き冤罪」と「他殺」を主張する矢野と朝木がこの右翼Mにどう説明したのかはわからない。しかし、駅前での街宣に続き、ここまで明確に「創価学会の犯罪」であると断定する根拠はどこにあるのか。聞き捨てにできる内容ではあるまい。

 続いて、もう1人の右翼がマイクを握った。



 公のみなさまの益になるから、ですから税法上も優遇され、さまざまな特恵を受けております。しかしこの、カルト宗教創価学会、極悪カルト創価学会のこの平和会館、創価学会員でない一般人が使えますか、使えません。

 さらに、宗教は本来政治的な活動をしてはならないのに、見てください、こんなに公明党のポスター、太田昭宏、谷村孝彦、ベタベタベタベタ貼って、あなた方は宗教法人法に違反しております。(そうだ、違反してるぞ、創価学会)

 宗教法人法は宗教法人法に違反する団体、あるいは反社会的行動をする団体は、法人格を剥奪する、裁判所が解散命令を出せることになっているんです。(解散しろ~、創価学会)81条に基づいて創価学会に解散命令を出させましょう。(出させましょう~)

 数々の嫌がらせ、犯罪行為をやってきた創価学会に宗教法人を名乗る資格はありません。(ありませ~ん)

 極悪カルト創価学会を、日本から叩き出せ~(叩き出せ~)。

 中から聞いてるカルト信者、出てきて国民に謝罪しろ~(謝罪しろ~)

 われわれは極悪カルトを認めないぞ~(認めないぞ~)

 創価学会は解散しろ~(解散しろ~)



「創価学会の会館が一般人に使えないのはおかしい」「宗教団体は政治活動をしてはならない」などという発言についてはたんなる法律の誤解あるいは無知として黙殺することもできよう。しかし、「宗教法人法に違反する団体」「反社会的行動をする団体」「数々の嫌がらせ、犯罪行為をやってきた創価学会」「極悪カルト」という発言は、右翼Mの街宣内容を短く言い換えたにすぎず、容認できるものとは思えない。

公表されない街宣

 この日の街宣活動のうち、右翼らが公表したのはここまでである。右翼らは隣の東大和市にある創価学会文化会館前でも街宣車を停め、街宣活動を行っている(街宣の時刻は東大和が先だったと思われる)。その内容は東村山文化会館前での街宣内容と同じようなものと推測するが、私が知る範囲ではその街宣風景は公表されていないようである。

 東大和文化会館前での街宣では東村山では起きなかったトラブルが発生したとも聞いている。やはり何か、公表するには不都合なことがあったのだろうか。

 さて、右翼らはこうして東村山と東大和の創価学会文化会館前で街宣活動を行ったが、右翼らの街宣の旅はまだまだ終わらなかった。狂信とはおそろしいというほかないが、右翼らにデマを吹き込んだ矢野と朝木にとって、これほど単純で御しやすい連中もそうはいないというところだったのではあるまいか。

(つづく)

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東村山市議会議長誹謗中傷事件 第4回
街宣ツアーの締め括り

 右翼らが公表していない街宣現場は東大和文化会館以外にもう1箇所あった。右翼らは6月14日午後3時50分ごろ、創価学会東村山文化会館前での街宣を終え、エンドレステープを流しながら久米川町へと向かったらしい。川上隆之東村山市議会議長宅の前に到着したのは午後4時過ぎである。右翼らがそこを街宣場所に選んだのは偶然だったのだろうか。

 右翼Mが街宣を開始したのは午後4時10分ごろ。右翼Mは冒頭で創価・公明批判を行い、「朝木明代は創価学会に殺された」「創価学会は殺人者の集団」などとする街宣を行った。ここまでは直前の東村山文化会館前で行った街宣とほぼ同じ内容である。しかしそれから先は、これまでにない内容だった。右翼Mはこう続けたのである。



 創価学会は暴力団も持ってるし、創価学会は右翼の街宣車だって自由に動かせるんだ。そんなことは常識になってます。だからみんな怖いんです。怖くて誰も文句がいえないから、こうやって、川上隆之、りっぱなおうちに住んでるじゃないですか。

 えー? さんざん私腹を肥やし、国民の血税でもって肥え太り、屋上から三色旗も垂れ流して、この久米川に住む住人を見下ろし、見下し、威嚇してるんじゃないですか。

 これがまさに創価学会、犯罪者集団。近所の嫌われ者です。さあ、とっとと出てきて下さい。そうですね、みなさん、わかります。はいはい、じゃ、そろそろお願いしましょうね。とっとと出てきて下さい、川上さん。

 川上さーん、川上さーん、出てきて下さーい。

 川上隆之、犯罪者、出てこーい。

 犯罪者、川上隆之、出てこーい。



 右翼らが川上議長の自宅前に街宣車を停めたのは偶然ではなかった。彼らは街宣の最後の場所に川上議長宅前を選んだのである。

 内容についてはあらためて検討するまでもない。「私腹を肥やし」「住民を見下ろし」「近所の嫌われ者」、極め付きは「犯罪者、川上隆之」。万引きを苦にして自殺した朝木明代の転落死を「創価学会の犯罪」と断定し、続けて「犯罪者、川上隆之」と呼んだということは、この右翼Mは「川上が朝木明代を殺害した犯人だ」といっているのだろうか。近隣住民が「朝木明代の転落死に川上が関与していたのか」と誤解する可能性もないとはいえまい。川上議長を標的にした明白な誹謗中傷であり、高倉良生都議が名誉毀損で告訴した街宣内容に勝るとも劣らない個人に対する名誉毀損ではあるまいか。

 万引き被害者に対する度重なるお礼参りなど、朝木明代の万引き隠蔽に関与した矢野穂積にとって、矢野のいいなりになって虚偽宣伝の先兵を買って出た「何も考えない」右翼の存在は重宝この上ないものだろう。矢野と朝木は自分の手を汚さずにすむのだから。

 ただ、いかに「何も考えない」右翼とはいえ、度を越しては矢野・朝木にとってもプラスにはならない。矢野と朝木が名誉毀損を構成しないように注意深く断定を避けているにもかかわらず、「朝木明代の転落死は創価学会の犯罪」と本音を包み隠さず暴露、断定してしまっては、デマ情報の出所である矢野と朝木にも累を及ぼさないともかぎらない。 

 右翼Mの6月23日付ブログによれば、創価学会がこの日の街宣をめぐり、東京地裁に街宣活動禁止を求める仮処分申請を行ったようである。これで終わればよいが、創価学会が次の手段に出た場合には当然、矢野も朝木も「『何も考えない』右翼が勝手にやったこと」ではすまされまい。

10日前の匿名電話
 
 さて、右翼はなぜ川上議長個人を標的に選んだのか。その理由はわからないが、川上議長の身辺にはすでに、この日の街宣の伏線とも考えられる出来事が起きていた。6月3日夕方、川上議長の自宅に非通知の電話がかかってきた。



川上  川上です。

相手  川上隆之か。

川上  そうです。

相手  9月1日を忘れるな。

川上  何ですか?

相手  お前は殺人犯だ。来年の9月1日で時効になると思ったら、大間違いだ。ただではすまないぞ。覚悟しておけよ。いいか、わかったか。



 内容的には妄想のたぐいであるものの、口先だけはなかなかの凄味である。当惑した議長が何のことかと聞こうとしても、相手は名前も名乗らないまま一方的に同じ内容を繰り返すので議長は電話を切ったという。

 その直後にも続けざまに何度も非通知電話がかかってきたが、議長はもう電話には出なかった。「9月1日で時効」とは「朝木明代殺害事件」のことを指しているのだろうが、そんなことを急にいわれても議長がすぐにそれと理解できるわけがない。

 電話の主の「ただではすまない。覚悟しておけよ」というセリフが具体的に何を意味するのかはわからない。ただ、「来年の9月1日が時効」とは矢野の妄言に踊らされた右翼らがしきりに騒いでいる話であり、電話の「お前は殺人犯だ」というセリフと右翼Mの「犯罪者、川上隆之」という街宣での発言は、いずれも川上議長を名指しで犯罪者であると断定している点において共通している。

 脅迫電話もまた右翼によるものと断定するものではないが、少なくとも電話の内容をみるかぎり、脅迫電話の主は「右翼-妙観講-矢野・朝木」周辺の人物であるとみるのが自然ではあるまいか。いずれにしても、当事者からすれば、右翼Mのこの日の街宣は10日前の脅迫を実行したものでもあったのである。

 右翼らが川上議長宅前で行った街宣は約10分間。短時間だが、きわめて印象深いセリフを残し、午後4時20分過ぎ、右翼らの街宣車は再びエンドレステープを流しながら住宅街へと去っていった。右翼らはこの街宣のもようも公表していない。「何も考えない」右翼らにしても、さすがに自分からわざわざ不法行為の証拠を残すことはないと考えたのか、あるいはただなんらかの防衛本能が働いただけなのかは定かではない。

 こうして右翼らの、朝の9時に始まった東村山周辺の名誉毀損・誹謗中傷の旅は終わった。「何も考えない」右翼らにとってさぞ中身の濃い、達成感に満ちた1日だったのではないかと想像する。それはそれでよいが、ただ彼らの街宣の性質上、中身が濃ければ濃いほど責任の度合いも大きくなる。それが一般社会の常識であることも十分肝に銘じておくべきではあるまいか。

(了)

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第2回朝木明代追悼街宣(前編)
学習した「行動する保守」

 まさかと思ったが、「行動する保守」が今年もまた9月1日午後5時から、東村山駅前で「朝木明代追悼街宣」を行うという。「行動する保守」Aが告知をしたのは街宣前日の8月31日である。前日の告知である上に9月1日は平日だから、夕方開始とはいえどれほどの人数が集まるのか、さすがに去年ほどの人数は集まらないのではないかと思っていた。

 ところが9月1日、街宣が始まる午後5時になると東村山駅東口には私の予測を超えて30名ほどの聴衆が集まっていた(ただの支援者とも見物人とも敵対者とも見えない4、5名を含む)。私にはよく理解できないものの、さすがに「行動する保守」の指導者ともなると、普通の社会人ならとても間に合わない時間帯であろうと、これほどの支援者や捜査関係者を集めるほどの影響力があるということなのだろう。

 ただきわめて不自然に思われたのは、「行動する保守」Aが街宣を始めたとき、地元での街宣であり、議会も午後3時には終わっているというのに明代の「万引き冤罪説」と「他殺説」の発信源である東村山市議の矢野穂積と朝木直子がまだ姿を見せていなかったことである。

 なお、午後2時40分ごろに朝木が駅前に来ていたという目撃談がある。その時間には「行動する保守」のカメラ撮影担当の支援者など4、5名がすでに来ていたから、朝木は街宣開始時には何か所用があるとでも伝えに来たのだろうか。

「行動する保守」による第2回「朝木明代追悼街宣」はAの街宣によって始まったが、私は混乱を避けるためにロータリーの端にいたため、内容はほとんど聞き取れなかった。のちに彼らがアップした動画をみると、「真相究明」という点では去年の街宣からは何の進展もなかった。創価学会との関連を匂わせ、あるいは断定する者もいたが、いずれも騒ぐだけでなんら客観的根拠のない妄想のたぐいである。

「行動する保守」Aにしても昨年は「内部告発者の存在」を根拠に「他殺説」を主張したが、今年はなぜか「内部告発者」の話題には一言も触れなかった。また、1カ月前に最高裁前で行ったように「最高裁が他殺と認定した」という主張もなかった。いずれも事実なら「真相究明」には重要な話だと思うが、「行動する保守」Aにもそれなりの判断と思惑があって触れなかったのだろう。あるいはこの1年の間に少しは学習でもしたのだろうか。

姿をみせなかった矢野と朝木

 私が第2回「朝木明代追悼街宣」の取材にやって来た理由は、「行動する保守」らの街宣を見物すること以外にもう1つあった。朝木明代が万引きを働いた洋品店に対して、「行動する保守」らが再び襲撃する可能性があると考えていたからである。街宣内容も聞き取れず(たいした内容があるとも思えなかった)、街宣開始から30分が経過しても矢野も朝木も姿を見せないので、私は途中から洋品店の警戒に切り換えた。

 すると、街宣の途中で街宣の場所から集団ではなく1人2人単位で洋品店方面に向かう者がいた。途中、2人のうちの1人が私に気安い様子で声をかけてきたので跡を追いながら「誰だ」と名前を聞いても彼らは答えなかった。私はそのまま彼らの様子をうかがったが、2人は洋品店前まで行ったが騒ぐこともなくロータリーへ引き返した。私が「矢野と朝木は来ないのか」と聞いても返答はなかった。彼らにしても、矢野と朝木が来ないのはおかしいと薄々感じていたのかもしれなかった。

「行動する保守」による第2回「朝木明代追悼街宣」は開始からわずか1時間後の午後6時過ぎ、早くも終了した。街宣の主役として参加していなければならないはずの矢野と朝木はついに最後まで姿を見せなかった。わずか1時間を割けないほどの重要な用事があったのだろうか。いずれにしても去年、午後1時30分から午後6時近くまでたっぷり4時間30分もかけたことに比べればいかにも尻すぼみの感は否めない。「行動する保守」にしても、矢野、朝木という主役が来ないのでは意気が上がらないのも無理はあるまい。

 しかし、街宣は終了しても彼らはすぐには改札口には向かわず、まだ未練がましくロータリーにたむろしていた。「行動する保守」としてあまりの盛り上がりのなさに物足りなさを感じている風情だった。

 そのとき千葉と私の念頭にあったのは去年の万引き被害者に対する襲撃事件のことである。今年も彼らは「万引きはでっち上げ」と主張していたし、去年千葉によって入店を阻止されたことを根に持って報復に出ないともかぎらない。「行動する保守」がまだ東村山駅周辺にいる以上は、こちらも帰るわけにはいかないと私たちはある程度の持久戦を覚悟した。1人の東村山市民から「Mが洋品店に向かった」と携帯に連絡があったのはその直後だった。

(つづく)

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第2回朝木明代追悼街宣(中編)
「情けない右翼」

「Mが洋品店に向かった」という連絡を受けたとき、私は洋品店の裏側を見回っていた。すると連絡どおり、「行動する保守」Mがまさになにかの決意を固めた様子で洋品店の方向に向かっていくのが見えた。ただちに店の前の通りに出て後を追うと、千葉が店先でMと対峙していた。Mの後方には2名の制服警官と公安らしき人物数名がいて、彼らもMを店先から引き離そうとしていた。千葉はMにこう警告した。

千葉  ここはお前の来るところじゃない。

 するとMは、こんなおもしろいセリフを吐いたのである。

  買い物に来たのになぜ入れない。

 Mはそういいながら、店先に吊るした商品を選ぶフリまでしてみせた。店に来たからといってすべての人間が買い物目的で来るわけではないことを、店側も私たちも経験的に知っている。平成7年6月30日、矢野と朝木明代もこの洋品店に現れたが、彼らの目的は買い物などではなく女性店主を脅すためだった。昨年9月1日、日の丸やプラカードを掲げて大挙して押しかけたのも、もちろん買い物をするためではなかった。「万引き捏造を許さないぞ」などと大声で騒いだ連中の中でも、店内に入ろうとするなどしたMが、いまさら「買い物だ」などといったところで通用しない。

 傷害事件を起こして服役し、刑期を終えたヤクザが被害者の家の敷地内に侵入すれば、それだけでお礼参りとみなされ、ただちに逮捕される。Mが洋品店にやってきたこともお礼参りにほかならず、それが「行動する保守」の誰であろうとお礼参りとみなされてもやむを得ないのである。

 しかも「行動する保守」Mは千葉に対し、「万引き捏造の追及」あるいは「真相の究明」という大義名分さえも口にすることができなかった。商品を選んでいるフリをするMに対して千葉はこういった。

千葉  情けない右翼だな。

 街宣では「万引き捏造」を主張して果敢にも店に向かったのはいいが、いざ店に行けば「万引き捏造の追及」ともいえず「買い物」とは、まさしく右翼としては情けないかぎりである。Mはそもそも自分で調査し、自分になりに考えた結果ではなく、矢野の主張を妄信し、「冤罪」を主張しているにすぎない。だから、Mはもともと何かを究明するために洋品店に行ったのではないということである。

 ではMは何のために洋品店に行ったのか。去年、千葉によって入店を阻止されたことに対する腹いせ、お礼参り以外には考えられない。なぜなら、報復でないとすれば「万引き捏造の真相究明」以外に洋品店に行く目的はなく、それが目的だったとすればMは「買い物に来た」とはいわないはずなのである。Mはお礼参り目的だったがゆえに「買い物に来た」と強弁したということになろう。去年Mは千葉のおかげで刑法に触れずにすんだのだが、Mにはそう考えることはできなかったらしい。

 土壇場で堂々と自分の意見を表明することもできないくせに、非も認める度量もない。その意味では「行動する保守」とはまさに「情けない右翼」であるということをこの日の街宣は実証したといえる。

 Mとちがって「行動する保守」Aはこの日の街宣が負け犬の遠吠えにすぎないことを自覚していたのか。「行動する保守」Aが洋品店に向かったMを放置して自分だけは洋品店に行かなかったのは、さすがに指導者だけあって賢明な判断だったというべきだろう。「行動する保守」Aが街宣終了後に未練がましくロータリーに残っていたのも、街宣がことのほか盛り上がりに欠けたというだけでなく、矢野も朝木も参加しなかったことの意味を自分自身に言い聞かせるために必要な時間だったのかもしれない。

聞かされていない不参加の理由

 翌9月2日、東京地裁立川支部で千葉が「行動する保守」西村修平を提訴していた裁判の第5回口頭弁論が開かれた。千葉とともに10分前に法廷の前に行くと、「行動する保守」の一行がすでに法廷前に集まっていた。立川駅前で街宣してきた割りには人数が少ないなと感じた。「行動する保守」Aは街宣には参加していたらしいが、法廷前にその姿はなく、結局、その日の法廷には姿をみせなかった。

 私にはある疑問があった。矢野と朝木は昨日の街宣になぜ来なかったのかということである。その理由を「行動する保守」一行はどう聞いているのか。開廷までにまだ時間があったので、私は一行の中の1人に聞いた。「行動する保守」の街宣には必ず参加し、おおむねいつも街宣者の後方で日章旗を持ち、いかめしい表情で周囲ににらみをきかしている人物である。ここでは仮にKとしておこう。Kはあまり乗り気ではなさそうだったが、私の質問に答えてくれた。



――矢野と朝木は昨日なぜ来なかったんですか。

  議会があったんじゃないですか。

――議会は午後3時に終わってるんだよ。「逃げた」ということなんじゃないの?



 Kは浮かない顔をして、もう何も答えなかった。Kは毎回欠かさず街宣に参加している主要メンバーであるにもかかわらず、最も重要な街宣の1つである朝木明代追悼街宣に当事者であり遺族である矢野と朝木が参加しない理由を聞かされていなかったのか。だからKは、議会があったから参加できなかったと理解していたのだろうか。

 仮にそうだとすれば、街宣参加メンバーに矢野と朝木の不参加理由を伝えないこと自体、一行が矢野と朝木の不参加になんらかの不満あるいは不信感のようなものを抱いたということを示しているのではあるまいか。なんらの不審も感じなかったとすれば、当事者が参加しない理由ぐらいは主要メンバーには伝えるのが自然だろう。

 しかし「行動する保守」に矢野と朝木に対する不信感が芽生えていたとしても、複数のメンバーが提訴された今となっては、不信感を表沙汰にするわけにもいかないというところなのではあるまいか。提訴されれば応訴しなければならず、応訴するには矢野と朝木の力を借りなければならないのである。「行動する保守」Aに通常の判断力があれば、ジレンマを感じていなければおかしい。

 矢野としても、ここまで「行動する右翼」らとの関係を深めてしまった以上、無下にはしごを外すのも難しかろう。「週刊現代」は(取材姿勢は別にして)一応社会常識の範囲をわきまえているが、「行動する保守」の場合にはその行動規範は一般とは異なるように思えてならない。矢野と朝木も「行動する保守」をおだてる一方、今後どう距離を保っていくか腐心しているというところなのではあるまいか。

(つづく)

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第2回朝木明代追悼街宣(後編)
矢野と朝木に代わり傍聴席を撮影

「行動する保守」の中には、右翼らと距離を置きたいと考えているようにみえる矢野と朝木の本音をまったく疑っていないと見える人物もいる。「行動する保守」Aが「若手のリーダー」と高く評価している法律関係の国家資格保有者D(法律家といえるかどうかは定かではない)である。西村裁判の2日後、東村山市議会本会議をDが仲間とともに傍聴に来た。その日は矢野と朝木の一般質問の日だった。なんらかの応援に来たものとみられた。

 ただやはり、「行動する保守」の応援の仕方は常識とは大きくかけ離れていた。Dらは傍聴席の右翼に陣取り、午前10時に矢野の一般質問が始まるとビデオ撮影を始めたが、そのうち傍聴席をぐるりとなめ回すように動かしたのである。以前にも「行動する保守」Aとその弟子が東村山市議会を傍聴に訪れた際、傍聴席を撮影し、無修正のままインターネット上に公開して議会で問題視されたことがあった。指導者が指導者なら、その薫陶を受けた「若手のリーダー」も、議会で一般市民の傍聴の権利を脅かすのが右翼だと考えているのか。たまりかねた傍聴人の1人が議長にこう注意喚起した。

「あちらの傍聴人が傍聴席を撮影しています。やめさせてください」

 すると、矢野はすかさず議長にこういった。

「(傍聴規則には傍聴人が傍聴席の撮影を)やってはいけないとは、書いてはいない」

「宇留嶋だっていつも動画を撮ってるだろう」

 この議員もまた、傍聴人が傍聴の権利を脅かされてもかまわないと考えているようである。「草の根市民クラブ」とは、どういう「人権派」「庶民派」なのだろう。あるいは、今問題とされているのが撮影行為そのものではなく、撮影したのが議場なのか傍聴席なのかであるということが矢野はわかっていないのだろうか。

 いずれにしても、矢野のこの発言はDが傍聴席を撮影していたことを認めたということであり、傍聴席を撮影することを容認したということである。また、それまで質問していた矢野にDがそれまでどこを撮影していたかを確認できる可能性はきわめて低く、ということは矢野と朝木はDがどこを撮影するかを事前に知っていたということになると理解できるのではあるまいか。

 Dが傍聴席を撮影することを矢野と朝木が知っていたとすれば、市会議員として注意すべきだろう。ところが注意するどころか、傍聴席の撮影を容認するとは、やはりこの2人の市会議員も尋常ではない。

 かつて矢野は議場から傍聴席を撮影して議長から注意され、朝木は平成21年6月議会の開会中に傍聴人を撮影して議長から注意されたばかりである。その矢野と朝木がDの傍聴席の撮影を事前に知りながら容認したということは、自分たちの撮影行為を非難されたことに対する逆恨みの気持ちでもあったのだろうか。矢野の発言は市会議員としては常識ではあり得ない発言で、逆恨みの気持ちがあったとしか考えられまい。

 Dらの傍聴席の撮影をめぐり、議長はただちに本会議を中断し議会運営委員会を開いた。浦安からやってきた「行動する保守」Dは傍聴席を撮影したことによって東村山市議会の議事進行を妨害したということになる。議員の委員以外は議場を出て控室に戻ったが、その際Dらが矢野と朝木の控室に入って行ったのが目撃されている。

 議会が再開され、議長は傍聴規則を確認しただけで特にDらに注意することはなかった。Dらもその後、傍聴席にはレンズを向けなかった。Dは「行動する保守」Aから「若きリーダー」と高く評価されているだけあって、注意されれば理解できないことはないのである。法律関係の国家資格を持ちながら、なぜこの程度の常識しか持ち合わせていないのかという疑問も当然だろうが、その後の傍聴態度の変化はそれなりに評価してやるべきだろう。

矢野に酷似した準備書面

 さて、その日、市議会本会議は4時前には閉会したが、「行動する保守」Dはその後再び「草の根」の控室に行き、夕方まで矢野、朝木と懇談していたようである。朝木明代追悼集会に顔を出さないなど、矢野と朝木は「行動する保守」一行から距離を置こうとしているように感じられるが、「行動する保守」一行の中でもとりわけDは矢野と朝木に尻尾を振ってついていこうとしているようにみえる。

 どんな事情があるのかは定かでないが、私がDとの裁判の過程で感じていたことが1つだけある。提訴後、Dは当初さいたま地裁川越支部から千葉地裁への移送を申し立てた。この申立の間は、Dの主張内容を除けばなんらの違和感もなかった。

 ところが本訴開始後、明らかにその文体、言い回しなどに変化があると私は感じた。Dが提出した書面は矢野の書面にきわめてよく似ていたのである。本訴開始後、矢野が準備書面の代筆を引き受けたものと私はみている。もちろん矢野がDに代わって準備書面を書いたからといってなんらの違法性もない。

 そんな事情もあって、Dは矢野と朝木にしきりに尻尾を振っているのではあるまいか。ただ、仮に矢野がDの準備書面を書いてやっているとしても、そもそも元をただせばDが提訴されたのは矢野と朝木のデマに起因しているのだということを、はたしてDがどこまで認識しているのか。いずれにしても、矢野がDの準備書面の作成に関与していたとすれば、6月にDが矢野の作成した「北多摩市民新聞」のポスティングのために、浦安から電車を乗り継いで東大和や武蔵村山までやって来た事情も理解できよう。

 事実かデマかを見誤ったD自身の不明は否定しようもないが、仮にDが準備書面を書いてもらっていることで矢野と朝木に恩義のようなものを感じているとすれば、その判断もまた誤りである。Dはますます深みにはまっていくことになるのではなかろうか。

「行動する保守」Aは指導的立場にある者として、「若手のリーダー」と評価するDが矢野の虚妄に取り込まれていくのを黙って見ていていいのか。このままでは若くして人生を棒に振りかねまい。

 本会議終了後、私は千葉とともに洋品店周辺の警戒にあたった。そのころ「行動する保守」Dとその仲間はまだ「草の根」の控室に残っていた。駅に向かう途中、Dらが矢野と朝木に代わり、洋品店にお礼参りに行かないともかぎらないと考えたのである。

 しかしその日、洋品店の周辺で彼らの姿をみかけることはなかった。数の威力を借りられないからでなく、何をしてはいけないかを少しは理解した結果であるのならこの上ないことである。

(了)

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西村修平「婚外子」差別発言裁判 第4回
関係者の苦労を軽視した発言

 外務省主催の「人種差別撤廃条約の実施状況に関する要望・意見」を求める意見交換会において、出席者の女性が名誉を毀損されたとして「主権回復を目指す会」の西村修平を提訴していた裁判は平成21年9月7日、第4回口頭弁論を終えた。この間、被告の西村は東京地裁前の街宣で「婚外子問題について意見を述べただけでなぜ訴えられなければならないのか」と主張し、提訴の不当性を訴えている。

 西村が原告に対する名誉毀損発言をしていなければ名誉毀損は成立しないことは明らかである。したがって、裁判ではまず西村の発言に原告個人に向けたものがあったのかなかったのかが重要な争点となろう。では、原告の女性は西村が原告に対してどんな発言をしたと主張しているのか。原告が証拠として提出した当日の反訳をみよう。



西村  あんた、だから、そのさっきの婚外子の問題でもね、なんで婚外子の問題が人種差別の問題なんだよ。これ個人の不倫の関係で生まれたアレだ、不貞の子どもでしょう。

原告  何をいってんですか。誹謗中傷でしょう。本当に誹謗中傷でしょう。

西村  誹謗中傷って、誹謗にならない。

原告  誹謗中傷だよ。

課長  そろそろ時間ですので、発言を控えてください。

会場(女)  見解の相違だ。

原告  あなた、婚外子に対する人権啓発をしないから、こういう場でとんでもない差別発言が出ているじゃないか。どう責任取るんだ、法務省。

課長  すみません。発言、発言、発言を控えていただけますでしょうか。

原告  はい、差別されて当然だっていってるよ。謝罪させてくださいよ。

課長  静粛にお願いします。

原告  静粛じゃないですよ。差別発言でしょ、あれは。

会場(女)  婚外子差別は人種差別じゃありません。

原告  ばかな。

右翼  人をばかっていっちゃだめだよ。

原告  ばかとはいっていない。

M  正式に謝罪を求めます。

西村  謝罪しない。世界の常識だ。不倫の子どもは差別される。

原告  はははは、みてごらん。

  すみません、個人を対象に発言されたということでみなさんご認識されておられますよね。あくまでこれは意見交換会の場ですので、個人に対する、やはり今のは、私は差別です。謝罪を求めます、はい。

西村  謝罪しない。

  謝罪してください。

右翼  必要ない。

  謝罪させてください。

原告  させてください。世界で差別されて当たり前だといってるんですよ。

課長  静粛、静粛にお願いします。

原告  国は社会的差別を、婚外子に対する社会的差別を認めてるんですか。

西村  終わったあとに、も1回話しような。



「なんで婚外子の問題が人種差別の問題なんだよ。これ個人の不倫の関係で生まれたアレだ、不貞の子どもでしょう」という西村の発言が「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」における「人種差別」という文言の意味を理解していないものであり、婚外子に対する無理解に基づくものであることは明らかだろう。

 それだけでなく、婚外子差別問題に長年取り組んできた人たちあるいは否応なく婚外子という境遇に置かれた人たちにとって、西村の発言はたんなる無知や無神経ですまされるものではなかったろう。意見交換会における「人種差別」の意味さえ知らないまま出席したこと自体失礼であり、まして婚外子を「不貞の子」と決め付けるなど、婚外子という運命を背負って生きてきた人たち、差別の撤廃を目指して戦ってきた人たちの人生を無視するものであり、踏みにじるものである。

 この意見交換会は「あらゆる形態の人種差別の撤廃」を目指すという共通の前提で進められるはずのもので、どんな意見でも許されるという性質のものではないし、差別発言が出ることなどあってはならない。西村の発言に対して謝罪を求める声が上がったのは当然と理解できよう。

(つづく)

※「創価問題新聞事件」最高裁判決第13回(最終回)に一文を追加しました。

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西村修平「婚外子」差別発言裁判 第5回
街宣では発言を否定せず

 意見交換会はその後、西村の発言をめぐり謝罪を求める声と西村らが激しく対立して収拾困難となり、そのまま流会となる。原告の主張する西村の誹謗中傷があったのはその直前である。反訳をみよう。



原告  不倫の子どもは差別されて当然だって発言は許されるんですか、実際上。はっきりさせてくださいよ。
法務省課長  いずれにしても最後にまとめて発言しますので。

右翼  法務省は発言する必要ないぞ。

原告  ほーら、そんなこといってる。

西村  真実だからな。

課長  発言を控えてください。

原告  真実だっていってるよ。差別されて当然だっていってるわよ。真実だっていってます。どうなんです?

西村  街の中歩けんのか。

原告  どうなんです? あなた今、街の中歩けんのかっていってますよ。

西村  私生児が、私生児が。

原告  ほら、私生児なんていうのは差別語でしょ。どうするんですか。どうするんだ、法務省。

西村  何回でもいってやる。私生児だ。

原告  ほら、どうするんです?

西村  何回でもいってやる、私生児。



 意見交換会はその後ほどなくして流会となるが、「私生児が、私生児が」という発言が西村によるものだとすれば、西村の発言はたんに婚外子問題に対する意見を述べただけのようには思えない。原告は一連の発言について西村から面と向かっていわれたと主張し、当日の録音テープも証拠として提出している。

 なお第1回口頭弁論が開かれた平成21年4月15日、「行動する保守」一行とともに東京地裁前で行った街宣で西村は原告に対してこう主張している。

〈日本にはねえ、社会的に私生児だなんて差別されるようなそんな社会はないですよ。差別、私生児だ、めかけの子だ、仮にそんなことね、耳に入ってきたってさらりと聞き流せばいいじゃないですか。〉

 この裁判の最も重要な争点の1つは、西村が原告に対して「私生児」という言葉を投げつけなかったのかどうかである。街宣では誰が「私生児」と発言したのかについて明示されていないものの、暗にそれが自分の発言であることを認めているようにも聞こえる。いずれにしても、答弁書において「そのような発言はしていない」と主張している西村が、街宣においてなぜ発言そのものを明確に否定しなかったのか不可解である。

 ところで、「私生子(=私生児)」とは明治民法において、家制度という秩序の中で家の跡継ぎ候補として「公に認められた子」を意味する「公生子」にとともに、それに対して「公に認められない子」を意味する言葉として造られた造語である。当時は妻の産んだ子を「嫡子」(=公生子)と称し、配偶者のいない女性が産んだ子を「私生子」と称した。「私生子」には家督相続権はないが、「私生子」を父が認知すると「庶子」と称されるようになり、「嫡子」とともに「公生子」となり、家督相続権を与えられた。ただ、父から認知されて「庶子」となっても、母との親族関係は「私生子」にとどまるという複雑さがあった。これは父の家の都合でいつでも子を母から引き離せるようにするためだったといわれている。

 もともと「公生子」と「私生子(=私生児)」は対をなす言葉として存在していたが、「公生子」はしだいに忘れ去られ、「私生子(=私生児)」という言葉のみが今も命脈を保っている。これは「私生子(=私生児)」という言葉が長い間差別語として使われてきたことが1つの理由だろう。

 しかし、子が自分の出生前の父母の行動について責任を負わされる理由はなく、「私生子(=私生児)」という言葉は「子にとって不名誉である」という理由で昭和17年に民法から削除されている。したがって現在の日本において、他人に向けてこの文言が投げつけられた場合には、その人物を侮辱し誹謗したことになると理解できよう。

 まして、「何度でもいってやる」としてこの文言が繰り返し使用された場合には誹謗目的性は明らかで、この裁判においてその名誉毀損性を否定することは困難なのではあるまいか。なお西村はこの裁判で、問題とされている文言の名誉毀損性の有無に関してはなんらの主張もしていない。「いっていない」と主張する以上、名誉毀損性に関する主張は必要がないということなのだろう。

「発言」を名乗り出た人物

 西村は第1回口頭弁論以降、一貫して「私生児が、私生児が」「何度でもいってやる。私生児だ」「何回でもいってやる、私生児」という発言はしていないと主張している。では、その発言をしたのは誰だったというのか。平成21年4月15日の第1回口頭弁論から半年後の9月7日開かれた第4回口頭弁論において、その答が明らかになった。意見交換会に西村とともに出席していた右翼Mが、それは自分の発言だと名乗り出たのである。

 事実とすれば、さすがは右翼だけのことはあると評価できよう。事実でなければ当然、この右翼は西村ともども別の評価にさらされることになる。

 Mによれば、原告から提出された録音テープを聞いた結果、それが自分の発言であると確認したのだという。この点についても原告は、西村の声は容易に判別できるもので、発言が西村のものであることに間違いないと主張している。右翼Mの声については西村同様、インターネット上に街宣風景が公開されているので確認することができる。声質の違いは明らかで、西村との比較検討はさほど難しいことではないだろう。

 裁判は、次回11月4日午後3時から東京地裁において、原告、被告本人および右翼Mを証人として証拠調べ(尋問)が行われることになっている。

(「尋問後」につづく)

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西村修平事件第4回口頭弁論
 平成20年9月1日に行われた街宣によって名誉を毀損されたとして警視庁東村山警察署元副署長、千葉英司が「主権回復を目指す会」代表の西村修平を提訴していた裁判は平成21年9月2日、第5回口頭弁論を終え、次回11月11日午後1時30分から原告・被告双方に対する本人尋問を行うこととなった。

 この間の進行と双方の主張内容については第3回口頭弁論まで報告したが、第4回以降、とりわけ被告の西村がどんな主張をしてきたのかあらためて確認しておこうと思う。

具体性を欠いた主張

 第4回口頭弁論が開かれたのは平成21年6月17日。第3回口頭弁論で西村側から提出されたページ数だけは膨大な書証と準備書面に対して事前に千葉が反論を行い、西村側はそれに対する反論(準備書面)と書証を提出している。前回口頭弁論終了後に西村の代理人がいったように、「朝木と相談」した上で提出したのだろう。

 本件裁判の争点は、西村が「千葉を『創価学会の4悪人』と呼んだこと」「千葉が他殺事件を自殺として覆い隠した」「千葉が殺人を自殺に仕立て上げた」と断定したことに真実性・相当性があるかどうかである。しかし第3回口頭弁論までに、西村は明代の転落死が「他殺である」、万引きは「冤罪である」と主張したのみだった。

 千葉は第3回口頭弁論で西村が提出した準備書面に対して、①西村が争点に関する主張をしていないこと②明代の万引きの事実および転落死が「他殺でないこと」がこれまでの多くの裁判で認定していることなどを主張(準備書面2)。これに対して西村は第4回口頭弁論において、千葉の準備書面2に対して平成20年9月1日に西村が行った街宣の内容を認めた上で次のように主張した。

〈平成20年9月1日、東村山駅東口広場で被告がした演説の内容は、……東村山警察と東京地検八王子支部の公正を欠く捜査に対する批判という公共の利害に関する事実に関するものであり、その目的は、東村山警察と地検八王子支部に対し、公正な捜査を求め、国民の立場で上記殺人事件の真犯人を検挙するよう求めるという専ら公益を図ることにあり、演説の内容は真実であり、仮に真実でなかったとしても被告が真実であったと信ずるに足る相当な理由があり、不法行為は成立しない。〉(準備書面2)

 さらに西村は、「千葉東村山警察副署長の捜査の問題点」と題する書面を添付するとともに、新たに5点の書証を提出している。西村が第4回口頭弁論で提出した書証は以下のとおりである(乙33までは第3回までを参照)。

乙34 「亡朝木明代殿に関する鑑定補充書」(山形大学名誉教授・鈴木庸夫)
乙35  転落死後に発見された鍵束の写真
乙36 「THE POWER OF SOKA」(雑誌「TIME」)
乙37  FM東村山事件控訴審判決
乙38  手帳返還請求事件控訴審判決(矢野絢也)

 要するに西村は明代の万引きと転落死事件の捜査(とりわけ千葉の捜査)は不公正なもので、明代の万引きは「冤罪」であり、転落死も「他殺」だったと主張していた。しかし、いずれも「他殺」の根拠としてはこれまでに裁判所から排斥されてきたものばかりである(手帳返還事件については何の関係があるのか私にはわからない)。仮に西村が「万引き冤罪」と「他殺」を信じたことに相当な理由があったとして、ではどんな根拠によって千葉が「創価学会の4悪人」であり、「千葉が他殺事件を自殺として覆い隠した」「千葉が殺人を自殺に仕立て上げた」といえるのかについては依然としてなんら具体的な主張がなかった。

 また西村の街宣が、捜査機関に対して「真犯人の検挙を求める」ことを目的としていたのなら、なぜ千葉個人を名指しで「同じ穴の狢」などと非難する必要があったのか。この点についても準備書面2までの主張をみるかぎり、その理由は判然としなかった。

興味深い回答

 千葉は準備書面2において西村に対し2点の求釈明を行っている。

 西村が提出した乙4ないし乙11、乙25、乙32(乙6、乙32を除き、他はいずれも矢野・朝木によってしか入手不可能とみられる書証)を入手した時期はいつか。

 西村に近い人物が朝木事件の捜査結果を覆すような現職警察官による内部告発を入手したと公表しているが、抗弁に際してこの内部告発を利用するのかどうか。

 千葉の求釈明に対し西村は準備書面2において、1については「答える必要がない」、2については「現段階では取材源を明らかにすることはできない」と回答している。

 1について、証拠の入手時期を答えられないとは相当性との関係で「答えるとまずい」ということとみるのが自然だろう。なぜなら、街宣以前に入手していたのなら、入手時期を答えられない理由はないからである(入手時期が平成20年9月1日より後ということになれば、相当性の主張は成立しない)。

 2については、求釈明に正面から答えたものとはいえないものの、内部告発は利用しないという婉曲な回答であるとも理解できよう。ただこの回答からすれば、西村自身も内部告発の内容を知っているように受け取れないこともないし、「現段階では」という条件付きだから、裁判終結までに明らかにする可能性もないとは断定できない。

 ところで、最初に西村に対する尋問を申し出たのは千葉ではなく西村自身である。しかも当初は千葉に対する尋問は申し立てなかったことからすると、西村には立証についてそれなりの自信があったとも考えられよう。

 とすれば、あるいは西村は11月11日に迫った本人尋問で「内部告発」の内容を明らかにする腹づもりなのかもしれない。その際には当然、「内部告発者に直接会った」という「行動する保守」Aの証言(陳述書)も提出することになろう。

「行動する保守」の中には、なにか民主党関係者と接触した者がいるという話も聞く。いずれにしても、その後、政権政党が民主党に変わったことでもあり、「内部告発」を表に出すタイミングとしてはけっして悪くないのではあるまいか。

(宇留嶋瑞郎)

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西村修平事件第5回口頭弁論(その1)
 平成21年9月2日に開かれた第5回口頭弁論では、事前に千葉が準備書面3を提出し、これに対する反論として西村が準備書面3を提出、さらに千葉が準備書面4を提出している。また西村は、前回第4回口頭弁論において口頭で西村本人の尋問を申し入れていたが、この日、正式に証拠申出書を提出、千葉と西村の尋問を申し立てた。

 通常、事実関係をめぐる民事裁判で人証(尋問)を申し立てる場合に相手方に対する尋問を求めないことは考えられない。前回口頭弁論で西村の代理人は人証を申し立てたが、その対象は西村だけだった。なぜ千葉に対する尋問を求めないのか、妙な弁護士もいるものだと感じたが、2ヶ月の間に考え直したものらしい。

「創価学会の4悪人」に言及

 本件裁判の争点は、西村が「千葉を『創価学会の4悪人』と呼んだこと」「千葉が他殺事件を自殺として覆い隠した」「千葉が殺人を自殺に仕立て上げた」と断定したことに真実性・相当性があるかどうかである。この点について西村は第4回口頭弁論で提出した準備書面3で初めて具体的な主張らしい主張を行っている。西村の主張は以下のとおりである。



 朝木明代の万引き被疑事件は冤罪であり、転落死事件は殺人事件である。ところが千葉は、捜 査責任者として当然なすべき基礎的な捜査もしないまま書類送検し、転落死事件については、捜査もしないうちから「万引き事件を苦にした自殺で事件性は薄い」と広報した。
  転落死事件は東京地検八王子支部が殺人被疑事件として司法解剖の手続をとっていながら、司法解剖の鑑定結果が出る前に東村山署は「自殺」として捜査を打ち切り、地検八王子支部も不起訴処分とした。これは捜査機関が遵守すべき犯罪捜査規範の規定に違反した著しい不公正な捜査であって、日本国民の警察及び検察に対する伝統的な強い信頼を根本から揺るがすもので、許されない。

 創価学会の機関紙及び創価学会寄りのライターは、確たる根拠もないにもかかわらず、千葉が万引き事件による書類送検を広報すると、「朝木市議は万引きをするような卑劣な人物である」といっせいに報道。転落死事件については、「万引きを苦にした自殺」といっせいに報道、宣伝した。

 東京地検八王子支部長も担当検事もともに創価学会員であり、不公正な捜査をした疑惑が極めて濃厚である。一般国民からみれば、千葉の捜査指揮も地検八王子支部の不公正な捜査と符節を 合わせたものである。千葉は国会において、「捜査もしないうちから自殺で事件性は薄いと広報した 千葉は捜査のイロハも知らない」と名指しで批判された。

 以上の経緯からみて、西村が「(創価学会員である千葉は)創価学会の4悪人」「(地検八王子支部検事らと)同じ穴の狢」といったとしても、それは「(上記のような)不公正な捜査は許されず、日本国民として公正な捜査により一日も早い犯人の検挙を求める」との趣旨であり、そのように信じる相当の理由があった。したがって、西村の演説が千葉に対する人格攻撃を目的とするものではなかったことは明らかである。 

 「東村山の闇」判決により、「創価問題新聞」判決は覆されている。よって、西村の演説には相当の理由がある。

 (いずれも要旨)



「創価学会の4悪人」「同じ穴の狢」という表現をどう読めば「公正な捜査により一日も早い犯人の検挙を求める」という趣旨(上記4)になるのか、また仮に千葉が「ろくな捜査もせずに転落死を自殺と断定した」として、その場合なぜ千葉が「創価学会の4悪人」で「同じ穴の狢」ということになるのか、私にはよく理解できない。

朝木直子の「回答」

 さらに西村は、千葉(東村山署)が「ろくな捜査もしなかった」点を立証するために、当時の捜査状況について朝木に事情を聞いたらしい。西村の準備書面3における主張のうち、その部分を要約なしで紹介しよう。

〈被告代理人田中平八が平成21年8月27日、朝木直子に電話で照会したところ、「東村山警察の誰からも朝木明代市議の自宅も草の根事務所も捜索するとの話は一切なかった。東村山警察に対し、朝木市議の遺族は自宅及び草の根事務所の捜索に反対した事実などないし、矢野穂積市議も反対などしていない」との回答を得た。
 従って、この点に関する原告の主張は明らかに事実に反する。〉

 いうまでもなく、東村山署が「捜索」まではしなくても「調査」の申し入れもしていなければ、「ろくな捜査もしていない」と主張したい矢野・朝木にわずかながらスキを与えることになる。その一方、申し入れはしたが拒否された結果、調査できなかったという事実が明らかなものとなれば、「他殺」を主張する遺族・関係者の行動の矛盾、不可解さ、つまり「他殺」と主張する矢野・朝木の真意がどこにあったのかについて深い疑念を生じさせることになろう。

 田中弁護士の質問に対する朝木の「回答」には二重の仕掛けがある。

 1つは、あえて「調査」ではなく「捜索」という言葉を使っている点である。田中弁護士は本当の法律家だから、「捜索」という言葉の法律的な意味を瞬時に理解しただろう。「捜索」とは裁判所が令状を交付して初めて可能となるもので、法的な強制力を持つ。令状を提示されれば当事者は捜索を拒否することはできない。「捜索」に反対などできないのだから、朝木のいう「朝木市議の遺族は自宅及び草の根事務所の捜索に反対した事実などないし、矢野穂積市議も反対などしていない」という説明自体、あり得ない話ということになる。

 警察が裁判所に捜索令状を請求するのは、その案件に事件性があると認め、捜索が必要不可欠と判断した場合である。明代の転落死では、東村山署も東京地検八王子支部も事件性は薄いと判断していた。したがって東村山署が「捜索」することはなく、矢野と朝木に対して事務所や自宅を「捜索するとの話」がそもそもあるはずもない。しかし、「捜索」は申し入れ自体がなかったのは事実で、朝木の説明は嘘とはいえないことになる。

 ただし、朝木の説明にはその先がなかった。「捜索」の申し入れがなかったということは「調査」の申し入れがなかったということではない。東村山署が矢野と朝木に申し入れたのは「調査」だった。「調査」に応じるかどうかは「捜索」と違って任意で、事務所は矢野から、自宅は大統から拒否され、東村山署は立ち入り調査をすることができなかったというのが事実である。

 つまり朝木が田中弁護士の質問に誠実に答えようとするなら、「捜索はなかったが調査の申し入れはあった」と回答すべきなのである。朝木が「調査」の申し入れがあったことを話さなかった事実は何を意味するだろうか。朝木は「捜索の申し入れはなかった」とのみ答えることで、東村山署が「調査」を含めたいっさいの捜査をしようとしなかったと田中弁護士が勝手に誤解するように仕向けた、あるいは期待したと考えるのが自然だろう。これが2つ目の仕掛けである。

 結果は朝木の思惑どおり、田中弁護士は「捜索の申し入れはなかった」という朝木の回答を真に受けてくれたのである。赤子の手をひねるようにとは、まさにこういうことをいうのだろう。

 ところで、このような「重要な」証言は陳述書として署名・捺印してもらい、証拠として提出すべきものである。弁護士なら普通はその程度のことは考えようが、現在までに朝木の陳述書は提出されていない。この弁護士は朝木に陳述書を依頼しなかったのか。あるいは依頼したものの、体よく断られたのだろうか。いずれにしても、このベテラン弁護士も、朝木から適当にあしらわれていることだけは間違いないようである。

(宇留嶋瑞郎)

(つづく)

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