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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『聖教新聞』事件 第11回
「『日替わりランチ』だった」と主張

 明代がレストランに行く前に事務所に立ち寄ったと主張して、その時間帯を特定したところでそれが直接のアリバイ立証とならないのは明らかだった。問題は明代が矢野と食事をしていたとするアリバイをどう立証するかである。

 矢野は陳述書で、〈私が「びっくりドンキー」に一足先に着いたのは、午後2時20分ころで、店のドアを背にして、右手のずっと奥の府中街道に近い方の席に座って待っていると、ほどなくして朝木議員がやってきました。〉〈私と朝木議員は、午後3時半ころ食事を終え〉と供述している。矢野が主張するこの時系列が事実と証明されれば明代は万引き現場にはいなかったことになり、万引き犯ではないということになる。

 しかし東村山署の取り調べの際、明代は午後3時21分に清算された記録のある「レギュラーランチ」のレシートをアリバイの証拠として提出したものの、それが他人のものであることが判明し、犯行の時間帯に現場にはいなかったとする明代の主張は虚偽であると認定された。その点を矢野はどう説明するのか。陳述書で矢野は次のように供述していた。



(陳述書におけるメニューに関する矢野の供述)

 2人とも「日替わりランチ」とコーヒーを注文しましたが、私の方は、たしかアイスコーヒーだったように思います。「びっくりドンキー」は「ハンバーグ・レストラン」で、日曜・祭日を除いて、午前11時から午後5時まで「日替わりランチ」を注文できますが、……ライスと豚汁がセットで580円でした。この日の「日替わりランチ」には、ハンバーグにカキフライが付いていました。



 千葉によれば、明代と矢野が東京地検に提出した上申書でも、食べたメニューは「日替わりランチ」だったと供述している。では、明代はなぜ食べたとする「日替わりランチ」ではなく「レギュラーランチ」のレシートをアリバイの証拠として提出したのか。

店長の証言との間に食い違い

「レギュラーランチ」のレシートをアリバイの証拠として提出するまでの経緯について矢野は次のように供述している。



(「レギュラーランチ」のレシート提出までの経緯についての矢野の供述)

(平成7年6月30日午後4時過ぎ、第1回目の取り調べから事務所に帰ってきた明代は)私に、警察は、東村山駅そばの洋品店が……朝木議員がTシャツを万引きしたので被害届を出したと言っていると伝えました。

 私は、当日のその時間帯には、朝木議員と一緒に「びっくりドンキー」で食事をしていたことを思い出し、驚いて、即座に東村山署……に電話をしました。

 これに対して、……それなら何か証拠を出してほしいという話でした。それで、朝木議員が、すぐに事務所から「びっくりドンキー」に電話をかけ、6月19日の午後2時から4時の間で、「日替わりランチ」とコーヒーを注文した2人組のレシートの控えがあると思うので、探しておいてほしいと依頼したのです。朝木議員がこの電話をかけた際、私はそばで聞いていたので、その様子ははっきりと覚えています。



 千葉によれば、明代が東京地検に提出した上申書でも同様の供述をしているという。しかし、上記供述のうち、明代が「びっくりドンキー」に対して「日替わりランチ」のレシートを依頼したという点については店長の証言と食い違いがあった。店長によれば、明代は「ランチ」としか伝えず、店長から「『レギュラー』ですか、『日替わり』ですか」と聞かれ、「たぶん『日替わり』」と曖昧に答え、席の位置については答えなかった。

 矢野の上記陳述書によれば、明代が「びっくりドンキー」に電話した際の会話を聞いていたのだから、矢野は明代が店長から「日替わり」か「レギュラー」のどちらだったかを聞かれたことを知っていた。店長が明代から依頼された内容と当時のやりとりについて警察に対して虚偽の証言をする理由はない。したがって、明代が取り調べで「レギュラーランチ」のレシートをアリバイの証拠として提出した事実からも、明代が最初から「日替わりランチ」のレシートを依頼したとする矢野と明代の供述は信用できない。

 食べたメニューを聞かれた際、明代はどちらの事実もなかったために明確に答えられなかった。しかしこれは結果として、彼らの要求に合致するレシートの幅を広げることになった。東村山署に提出したレシートは、清算時刻と人数に限り、彼らの要求にたまたま合致していたということだった。明代と矢野にとって、そこまでは一応、結果的には順調だったのである。

確認をしなかった不思議

 しかし、取り調べで明代が提出したアリバイの証拠である「レギュラーランチ」のレシートは他人のものであることが判明し、明代はそれまで2回にわたって主張していたアリバイを撤回するつという醜態に追い込まれた。矢野は陳述書で、食べたのが「日替わりランチ」だったと主張しているにもかかわらず、明代が取り調べで「レギュラーランチ」のレシートを提出した経緯について説明している。



(明代が「レギュラーランチ」のレシートを提出した理由)

 7月1日土曜日の夜、朝木議員、私など計4名が……(「びっくりドンキー」に行き)席についてしばらくすると、……若い店長が……「多分、これだと思います」といいながら、朝木議員に「レジ・ジャーナル」(筆者注=前掲の「レシート」「レシートの控え」と同じもの)のコピーを手渡した。

 ……その「レジ・ジャーナル」を見ると、店を出た時刻は15時21分となっていたので、おおよその記憶と一致していたので、特に質問もしないまま、帰宅しました。



 矢野の陳述書によれば、明代が「びっくりドンキー」にレシートを依頼したのは、矢野が東村山署に電話して万引きのあった時間帯には明代と食事をしていたと伝え、これに対して「それなら何か証拠を出してほしい」といわれたためである。明代も矢野も、このレシートが証拠になると思っていた。にもかかわらず、レシートを受け取った矢野と明代は、レシートの清算時刻が「15時21分」となっており、〈おおよその記憶と一致していた〉ので〈特に質問もしないまま〉帰宅したというのである。

「証拠」であるにもかかわらず、それが自分たちのものであるかどうかを確認せず、〈おおよその記憶と一致していた〉ことで質問もしなかったとは、アリバイを主張して警察に電話までした矢野としてはどうみても詰めが甘いといわざるを得ず、きわめて不自然というほかなかった。

(つづく)
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『聖教新聞』事件 第12回
入手を最優先させた矢野

 矢野は〈おおよその記憶と一致していた〉という理由で、アリバイの証拠であるレシートについて店長に特に質問もしないまま帰宅したという。しかし1、2分のずれで清算した客がいた可能性がないとはいえず、清算時刻が〈おおよその記憶と一致していた〉というだけで、それが自分たちのレシートであるという確証がどうして持てようか。食事をしたというのが事実なら、メニューの内容や座席を2人で思い出し、その記憶とレシートが一致しているかどうかの確認を取るのは常識だろう。 

 むしろ本当にその時間帯に食事をした事実があったとすれば、より慎重にその事実を裏付けようとするはずである。アリバイが裏付けられなければ、身に覚えのない万引き犯にされてしまうかもしれないのだから。ところが矢野と明代は、それが重要な「証拠」であるにもかかわらず、2人ともメニューの内容について何の確認もしなかった。

 当事者である明代はどうしても冷静さに欠けていて細部の詰めにまで気が回らなかったとしても、第三者である矢野までレシートが自分たちのもので間違いないかどうか、確認する必要があることに気がつかなかったとは考えられない。またなにより、「万引きの時間帯に明代と『びっくりドンキー』で食事をしていたことを思い出した」のは矢野である(前回参照)。

「思い出した」本人である矢野には、それが「アリバイの証拠」であることを確認する責任があろう。しかし矢野は、「特に質問もしないまま帰った」のである。

「レギュラーランチ」のレシートを入手した際の矢野と明代の対応は、どう見ても、実際に食事をした際のレシートを受け取った者の態度ではない。むしろ2人の態度は、とりあえず万引きの時間帯に2人分の清算記録のあるレシートが存在したことだけで十分であるとし、そのレシートを店長から疑いを持たれることなく入手し、すみやかに持ち帰ることが目的だったことをうかがわせる。

 質問などすれば店長からよけいな疑念を抱かれかねず、「やはりお渡しできません」などということになれば元も子もない。矢野はそうなることを避けたかったもののように思えてならない。

工作を見破られた言い訳

 アリバイの「証拠」であるはずのレシートの内容について〈特に質問もしないまま〉帰ったとしていることについて矢野自身も不自然であることに気がついていたようである。だから矢野は、その日「びっくりドンキー」に行った状況について次のように供述する。

〈同年7月1日土曜日の夜、朝木議員、私など計4名が、その日都内で行われた「宗教法人法改正を求める緊急集会」から東村山に戻り、「びっくりドンキー」で、集会での朝木議員や私の講演などについて話をしました。

 席についてしばらくすると、初対面だったのですが、若い店長が私達の席までやってきて、……「レジ・ジャーナル」のコピーを手渡した。

 不意の出来事だったので、私達は「店長とは初対面なのに、朝木議員だということが、よくわかったね」と顔を見合わせました〉(筆者注=その直後、明代はレシートを入手した)

 レシートを入手したのは、「びっくりドンキー」にわざわざそのために行ったのではなく、別の用事で行ったところ思いがけず店長から唐突に渡されたものだったかのような供述である。あたかも心の準備ができていなかったために、レシートの内容を聞かなかったとでもいいたいように聞こえよう。

 しかしそもそもそのレシートは東村山署から「何か証拠を出してほしい」といわれて「びっくりドンキー」に依頼したものであり、唐突に渡されたなどと説明すること自体が不自然というべきだろう。矢野と明代らが「びっくりドンキー」に行ったのは、明代が電話でレシートを依頼した翌日である。また「びっくりドンキー」が事務所から歩いていくにはかなり離れており、多人数で話をするだけならその手前には別のファミレスがあった。そう考えると、7月1日に「びっくりドンキー」に行ったのは、やはりレシートを受け取ることが目的だったとみるべきだろう。

 しかも、店側に何も伝えないのに、店長がわざわざ席までレシートを持ってきたとは普通では考えにくい。矢野と明代はウェイトレスに料理を注文する際に来店目的も伝えた。だから店長はレシートを届けに来たとみるのが自然である。

 しかしそれでは、アリバイの「証拠」であるレシートの内容について「特に質問もしないまま」帰ったというのは不自然と受け取られよう。だから矢野は、7月1日に「びっくりドンキー」に行ったのも、レシートを受け取ったのも偶然だったことにしようとしたのだろう。

 常識的には大事なアリバイの「証拠」であるはずのレシートの内容について矢野がなぜ〈特に質問もしないまま〉帰ったことにしたのかといえば、のちに明代が取調室でそれが他人のものだと見破られたからである。矢野は陳述書で、明代が提出したレシートは店長が「間違えて渡した」からだと主張している。矢野は〈特に質問もしないまま〉帰ったために、その「間違い」に気がつかなかったということにしたいのである。

強気になっていた明代

 ただ、矢野も陳述書で供述するようにレシートの清算時刻が「午後3時21分」となっていて、人数も「2名」となっていたから、矢野と明代はアリバイの「証拠」として一定の自信を持ったのではないかと思う。だから、よけいな疑念を抱かれてはいけないという思いも手伝って、レシートの入手を急いだ。

 レシートの内容について矢野と明代が自信を持っていたことは、7月3日、2人で東村山署に出向いて「証拠」としてこのレシートを提出したこと、さらに7月4日と7月12日に取調官から否定されるまで、明代がこのレシートに沿った供述をしていることからも明らかである。

 またこのレシートを入手した翌日の7月2日、明代は支持者の小坂渉孝とともに万引き被害者の店に現れ、店内を一回りすると、被害者に向かって不敵な笑みを投げつけると、何もいわずに引き上げていった。このとき明代は、アリバイの「証拠」として使えそうなレシートを入手したことで強気になっていたのかもしれない。もちろん独りよがりの願望にすぎず、その錯覚は長くは続かなかったのだが。

(つづく)
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『聖教新聞』事件 第13回
最初に渡されたもの

 矢野が明代とレシートを受け取った際、特に質問をしなかった理由がもう1つあったことが最近になって判明している。矢野の陳述書では、店長が持ってきたレシートをそのまま警察に提出したことになっている。しかし千葉によれば、この部分の供述には明代と矢野が東京地検に提出した上申書の記載とは重大な食い違いがあるというのである。

 もう1度、矢野の陳述書におけるレシートを受け取った状況を確認すると、矢野は次のように供述している。



(矢野陳述書における「レシートを受け取った状況」)

 席についてしばらくすると、……若い店長が私達の席までやってきて、「多分、これだと思います」といいながら、朝木議員に「レジ・ジャーナル」のコピーを手渡した。



 ここでいう「レジ・ジャーナル」とは、私たちが買い物をした際にもらう幅4センチほどのレシートとほぼ同じものである。店長のいった「多分、これだと思います」とは、持ってきたレシートが、明代が電話で依頼した際の食事内容(人数・清算時刻等を含む)に該当するものと店長が判断したものであることを意味する。それを矢野と明代は〈特に質問もしないまま〉持ち帰ったのだという。つまり、数あるレシートの中から明代の要求に合致するものを探し、選んだのは店長で、矢野と明代はそれをただ受け取っただけで、レシートを選んだわけではないということになっている。

 しかし上申書ではニュアンスが異なると千葉はいう。千葉によれば、この点に関して矢野と明代の上申書における供述は一致しており、いずれも次のような記載になっているというのである。



(矢野と明代の上申書における「レシートを受け取った状況」=趣旨)

「6月19日の午後2時から4時の間で、『日替わりランチ』を注文した2人組のレシートを探してほしい」と依頼した。翌7月1日に「びっくりドンキー」に行った際、店長は「レジ記録リスト」を渡してくれた。

 7月3日、明代と矢野は東村山署に出向き、明代のアリバイを証明する「証拠」として「レジ記録票」を提出した。



 上申書には「レジ・ジャーナル」の記載はなく、その代わりに記載されていたのが「レジ記録リスト」と「レジ記録票」の文言だった。矢野の陳述書で出てくるのは、受け取った時点においても警察に提出した時点においても「レジ・ジャーナル」だけだが、矢野も明代も最初に渡されたのは「レジ記録リスト」で、提出した際には「レジ記録票」となっている。

 明代が警察に提出した「レジ・ジャーナル」は『聖教新聞』裁判でも証拠して提出されているが、それはどこから見ても「リスト」ではない。「レジ記録リスト」とはその日の清算記録がずらっと記録されたものとみるのが自然で、だから矢野も明代も上申書で「レジ記録リスト」と「レジ記録票」と明確に区別して記載しているのである。したがって、最初に店長が手渡したのは東村山署に提出した「レジ・ジャーナル」とは別のものということになる。

「リスト」と「レシート」の違い

 千葉によれば、矢野と明代が東京地検に提出した上申書には、最初に手渡されたのが「レジ記録リスト」で、警察に提出したのは「レジ記録票」だった事情について一言も記載されていない。するとこの間の事情については推測するしかないが、明代が「レジ記録リスト」ではなく「レジ記録票」を警察に提出するまでの間には何があったとみるべきだろうか。

 それを最も強く推測させる根拠は、矢野と明代が提出した上申書における「レジ記録リスト」と「レジ記録票」に関わる表現にあると千葉は指摘している。どういう表現なのか。

「レジ記録リスト」と「レジ記録票」についてそれぞれ彼らは次のように記載しているという。



(「レジ記録リスト」に関する表現)

〈店長は……「レジ記録リスト」を店内で朝木議員に手渡したのです。〉(矢野)

〈店長は……「レジ記録リスト」を店内で私に手渡してくれました。〉(明代)

(「レジ記録票」に関する表現)

〈東村山署に出向き、……朝木議員のアリバイを証明する資料として……店長から貰った「レジ記録票」を提出しました〉(矢野)

〈東村山署に出向き、……私のアリバイを証明する資料として……店長から貰った「レジ記録票」を提出しました〉(明代)



 矢野も明代も上申書で「レジ記録リスト」は「手渡してくれた」と記載しているのに対して「レジ記録票」については「店長から貰った」と記載していることがわかる。つまりこの記載からわかるのは、「レジ記録リスト」については「手渡してくれた」というだけで、「貰った」ものではないということである。

千葉の推測

「レジ記録リスト」には矢野と明代が「自分たちのもの」と主張している記録以外の記録も含まれているとみられる。すると、店側が明代に対して他人のものも含む「レジ記録リスト」をすべて持ち帰らせることはあり得ない。

 では店長は何のために「レジ記録リスト」を明代に手渡したのだろう。普通に考えれば、店長は「レジ記録リスト」を明代に見せ、その中から明代のものがどれなのかを指摘してもらおうとしたということなのではあるまいか。リストを渡された矢野と明代はどうしたのか。

――矢野と明代はリストの中から最もアリバイの「証拠」として使えそうな記録、すなわち2人連れで「レギュラーランチ」を食べ、「午後3時21分」に清算された記録を選び、「これがわれわれの記録だ」と指定した。その後に店長は、明代が指定した記録に対応した「レジ記録票」をコピーして手渡した。

 矢野と明代の上申書における表現の変化が物語るのは、7月1日、店長が明代に「レジ記録リスト」を手渡したあと、「びっくりドンキー」ではこのような事実があったのではないかと千葉は推測している。この推測には十分な合理性があるように思える。アリバイの「証拠」として使うことが目的なのだから、矢野と明代が慎重に選んだことは想像に難くない。

 矢野は陳述書で、店長からレシートを受け取ったあと「特に質問もしないまま、帰宅しました。」と供述しているが、上申書では最終的に受け取ったのが「レジ記録リスト」ではなく「レジ記録票」だったというのだから、矢野が何も質問しないのはどう考えてもあり得ない。しかしそのレシートが、「レジ記録リスト」の中から明代と矢野が自ら選び指定したものなら、それがリストのものと一致していることを確認するだけでよかった。だから矢野も明代も、店長に対してもう特に質問をする必要がなかったのである。

 明代のアリバイの「証拠」として東村山署に提出したレシートは、自らリストを見て選び抜いたものだった。レシートを入手した時点で明代はアリバイ主張を押し通せるかもしれないというばかげた自信と甘い期待を持った。翌7月2日、万引き現場に支持者と現れ、被害者に不敵な笑みを残したのは愚かな自信の表れでもあったのだろう。

(つづく)
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『聖教新聞』事件 第14回
手の内を明かした矢野

 千葉によれば、矢野と明代の上申書には、「びっくりドンキー」でアリバイの「証拠」としてレシートを入手した際、まず「レジ記録リスト」を見せられ、最終的にリストの中から午後3時21分に清算された記録を指定し、それに対応するレシートを入手したという経緯までは記載されていない。

 しかし東京地検には、目撃者の証言などとともに、明代が東村山署の取調室でアリバイの証拠としていったんは提出したレシートどおりの内容を主張したものの、それが他人のものであることを指摘され、最終的にそれまでの「レギュラーランチ」の主張をすべて撤回した経緯がつぶさに記録された調書が送致されている。「レギュラーランチ」のレシートが他人のものであることがばれ、工作の意図が露顕してしまったあとでは、上申書で「レジ記録リスト」と「レジ記録票」を正しく書き分けたことはむしろ、レシートを入手するまでの経過を具体的に見せてしまっただけだった。

 上申書で「リスト」と「レシート」が明確に区別されていたことによって、矢野と明代が「レシート」を入手するまでの経緯を検事はすぐに理解しただろう。明代と矢野は見せられた「リスト」の中から「自分たちのもの」を選定し、「レシート」をコピーさせたのだと。矢野が「リスト」を見た事実を自白したことは、明代が最初に提出した「レギュラーランチ」のレシートが彼ら自身が入念に検討した結果入手したものであることを雄弁に示していた。

「レジ記録リスト」と「レジ記録票」を区別して記載したことは、アリバイ工作に至った経緯を自ら明らかにしたものとしかみえない。にもかかわらず、矢野はなぜ上申書で「びっくりドンキー」で最初に渡されたのが東村山署に提出した「レジ記録票」ではなく「レジ記録リスト」であると明確に区別して記載したのだろう。

 その理由はよく理解できないが、わずかにその理由を推測させるのは、矢野が『聖教新聞』裁判で提出した陳述書では〈7月3日に提出した「レジ・ジャーナル」は(明代が「日替わりランチ」のレシートを要求したにもかかわらず)店長が間違えて渡して寄こしたもの〉と記載していることである。上申書でも同じ趣旨の主張がなされているという。

 矢野は直接的に本質に影響しない部分をことさらに具体的に主張することで、肝心な部分の曖昧な説明に説得力を持たせようとすることがある。たとえば、アリバイの時間帯とは重ならないにもかかわらず、事務所の留守番電話の録音時刻を詳細に主張したように。矢野の思惑としては、地検に対しては「リスト」と「記録票」を書き分けることで、「リストの中から『日替わりランチ』を選んだが、店長が間違えて渡した」というニュアンスをより強調しようとしたのかもしれない。

 明代は「レギュラー」ランチを主張した7月12日の調書に署名はしていないから、メニューを変更しても通用するとでも考えたのだろうか。しかし署名はしていなくても、明代が「レギュラーランチ」を主張していたことを裏付けるレシートが、署名・捺印の上で証拠提出されている事実は動かしようがない。

 また調書に署名を求める直前に明代は、それまで記録された供述内容を全面的に認める供述をしていた。したがって、明代が東村山署の取調室で「レギュラーランチ」を主張していた事実をなかったことにすることは不可能だった。

明代の供述を否定

 ただ、矢野と明代が東京地検に対する上申書で「店長がレシートを間違えて渡した」ことにしようとするには、当然ながら「リスト」のアリバイが成立する時間帯の中に、それが誰のものであれ2人連れで、「日替わりランチ」が清算された記録があることが前提である。「レギュラーランチ」を完膚なきまでに否定された明代と矢野は、「リスト」の中に「日替わりランチ」があることに一縷の望みを託したのか。

 明代が東京地検から呼び出しを受けた直後から様子がおかしくなり、取り調べの数日前に飛び降り自殺を遂げたことからすれば、少なくとも明代にはメニューを変更したことなどしょせんは気休めでしかなかったのだろう。すでに取調室で担当刑事から直接アリバイを崩された経験を持つ明代には、仮に運よくそれらしい記録が存在したとしても、再びアリバイを崩されることを自覚していたということである。

 その結果がただちに自殺に結びついたとは思わない。しかし東京地検から呼び出しが来た時点で、来るべき時が来たことを明代は感じたのではあるまいか。

 しかし矢野はそうではなかった。明代の自殺から約1カ月後の平成7年10月5日、矢野は東京地検で万引き事件のアリバイについて事情聴取を受けている。千葉によれば、「びっくりドンキー」でのメニューが「レギュラー」から「日替わり」に変更した点について矢野は検察官から「取り調べにおける明代の供述と食い違っている」と追及され、矢野はこう供述したという(趣旨)。

「私の記憶が正しい。明代が警察で供述したメニューは勘違い。カキフライの味についてしゃべったのを覚えている」

 と。3カ月前、明代は東村山署の取調室でランチの内容を「ハンバーグ、ポテト、ブロッコリー、野菜、コーンにライス」とスラスラ答えたが、「カキフライ」は出てきていない。あれほどの記憶力を持つ明代が、味について矢野と話し合ったにもかかわらず、「カキフライ」だけを思い出せなかったと考えるのはやや無理があるように思われた。

 確かに明代も上申書で「レギュラーランチ」ではなく「日替わりランチ」を食べたと供述している。それでは東村山署の取り調べで明代はなぜ「レギュラー」と記載されたレシートを提出し、またカキフライにだけはいっさい触れなかったのか。「日替わり」だったというのは本当なのか。しかしこれらの不審点について明代に直接確認しようにも、明代はもうこの世にはいないのだった。

(つづく)
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『聖教新聞」事件 第15回
ほぼ同一の上申書

 千葉によれば、確かに明代は書類送検後に東京地検に宛てた上申書では「食べたのは『日替わりランチ』だった」と供述を変えている。明代の上申書には明代による自筆の署名があった。しかし、万引き事件に関する上申書の内容は矢野の上申書にほぼ一致しており、少なくともアリバイ主張に関する箇所については両方とも矢野が作成したものである可能性が疑われるというのである。

 そのことを具体的に疑わせる箇所もあると千葉はいう。以下は千葉の説明である。

 矢野の上申書には次のような記載がある。



(矢野上申書の記載)

 私と朝木議員が7月3日に東村山警察署に出向き、刑事課長と課長代理とに直接面談した際、朝木議員のアリバイを証明する資料として「びっくりドンキー」の東村山店の店長から貰った「レジ記録票」を提出しましたが、右に述べた7月8日を含めたその後の調査で……

(明代の上申書の記載)

 私と矢野議員が7月3日に東村山警察署に出向き、刑事課長と課長代理とに直接抗議した際、私のアリバイを証明する資料として「レジ記録票」を提出しましたが、右に述べた7月8日を含め、その後の調査で……



 上記の2つのくだりは、主語を入れ替え、矢野の上申書では「面談」となっているのが明代の上申書では「抗議」となっていること、末尾の表現が微妙に異なっているだけで、あとはほぼ同一であることがわかる。これだけでも作成者が同一人であることを疑わせるに十分だが、もう1箇所、どちらかの文書が片方のコピペであることをより疑わせる箇所があるというのである。

 最後に近い部分にある〈右に述べた〉という箇所だった。矢野の上申書にはそのだいぶ前のページに〈右に述べた〉に該当する部分が確かに存在する。ところが明代の上申書には、〈右に述べた〉とする記載はあるが、それに該当する部分は〈右〉のどこを探しても存在しないのだった。

 明代が〈右〉には該当する部分が存在しないのに〈右に述べた〉などと書くことはあり得ない。したがって、こう考える以外にないと千葉はいう。――1つは、矢野が自分用の上申書を先に作成し、それをコピペした上で主語や微妙な表現を変えながら明代用の上申書を作成したが、その際にうっかり〈右に述べた〉を削除し忘れた。もう1つの可能性は、明代が矢野作成の原稿データを使用して上申書を作成したが、その際に〈右に述べた〉を削除し忘れた――。

 いずれのケースだったにしても、上申書を先に作成したのが矢野であることは明らかである。その後2人が「日替わりランチ」を食べたとする事実が証明されれば問題はない。しかし立証できなければ、上申書の内容は矢野が作出したもので、明代は口裏を合わせただけという可能性も浮上するのではあるまいか。少なくとも明代は自殺によって、「日替わりランチ」のアリバイを立証することをあきらめた。

 明代は東村山署の取り調べで「レギュラーランチ」を食べたと言い張り、その内容まで詳細に供述していた。にもかかわらず、東村山署に他人のものと指摘されるや「レギュラー」は誤りで正しくは「日替わりランチ」だったと供述を変えたところで、どうみてもそんな主張が通るはずがないと明代は感じていたのだろう。

 すでに1度、取調官の目の前でそれまでの主張の撤回に追い込まれるという屈辱を味わわされている明代には、そのときの状況が忘れられなかったのではあるまいか。取調官の態度や口ぶりを直に見てきた明代は、警察が徹底的な捜査をしていること、警察を騙し通すことはできないことを、身をもって感じていたはずである。当然、警察や地検に対する内心は矢野とは異なろう。

事情聴取に応じた矢野

 東京地検の取り調べから2日後、矢野は東村山署の事情聴取に応じた。明代の自殺後、東村山署は再三にわたって矢野に事情聴取を申し入れていたが、「殺された」と主張しているにもかかわらず、矢野は東村山署の事情聴取には応じていなかった。その矢野が明代の死から1カ月以上たった10月7日、やっと聴取に応じたのである。

 事情聴取は「転落死関係」と「万引き関係」にテーマを分けて長時間に及んだ。ただこれは任意であり、矢野は先に行われた「転落死関係」の聴取については調書化に応じたものの、「万引き関係」の調書化については「後日にしたい」と調書化を拒否している。

 理由は、「『日替わりランチ』のレシートがまだみつかっていないから」というものだった。矢野のこの言い分は、「探せば明代のアリバイの証拠である『日替わりランチ』の清算記録が必ずみつかる」といっているに等しい。

 この日の事情聴取でも当然、矢野は「日替わりランチ」のアリバイを主張しており、その内容については矢野自身が『聖教新聞』裁判で録音の「反訳」を提出している。当然、矢野側が「万引きの冤罪」と「他殺」を主張するために提出したもので、千葉によれば、矢野に有利な恣意的注釈がカッコ付きで加筆されていたり、大幅にカットされた部分があるという。しかしそれ以外は、おおむね実際のやりとりが再現されているという。

 矢野は東村山署の取調室でどんなアリバイ主張を行ったのか。はたして事情聴取終了後に矢野が「『日替わりランチ』のレシートがまだみつかっていないから」といって調書化を拒否したことにはそれなりの根拠があると、客観的に思わせるような説得力のあるものだったのか。

 なお東村山署は当時、矢野と明代が東京地検に提出した上申書の内容をすでに把握しており、彼らがメニューを変更した「日替わりランチ」を食べた痕跡があるかどうかの調査を終えていた。東村山署は「びっくりドンキー」から矢野が最初に店長から渡された「レジ記録リスト」および注文時刻が記録された「注文伝票」の提供を受け、彼らが主張する時間帯だけでなく、その日のすべての注文と清算の内容をリスト化していた。東村山署はいかなるメニューにも対応できる万全の態勢を整え、矢野を待ち受けていたのだった。

 矢野が提出した事情聴取記録は、

「あの、何? 『レジの記録』の話?」

 という、矢野のとぼけた問いかけから始まっている。もちろん矢野はこのとき、東村山署が「びっくりドンキー」の完璧な注文リストを作成していることを知る由もなかった。

(つづく)
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『聖教新聞』事件 第16回
現実に矛盾する主張

 平成7年10月7日に東村山署で行われた矢野に対する事情聴取は、矢野からいわれるまでもなく当然、7月4日に明代が「アリバイの証拠」として提出したものを含めたレシートの件が焦点となる。

 矢野と明代は7月26日付で提出した上申書の中で、明代が書類送検前に東村山署で主張した「レギュラーランチ」は間違いで、彼らが本当に食べたメニューは「日替わりランチ」だったと主張していた。東村山署の取り調べで主張した「レギュラーランチ」のアリバイが否定されたからといって明代が、正しくは「日替わりランチ」だったと供述を変えるのは、よほどの裏付けがなければ信用されまい。

 ところで明代と矢野はメニューを変えたことに関してどんな説明をしていたのか。千葉によれば、上申書で明代と矢野は、「レギュラーランチ」ではなく「日替わりランチ」だったと「気づいた」経緯と時期について次のように主張していたという。



「日替わりランチ」だったことに「気づいた」経緯と時期(上申書=趣旨)

 7月8日を含め、その後の調査で7月3日に提出した「レギュラーランチ」のレシートは、店長が「日替わりランチ」のレシートと取り違えて渡したもので、間違いであることがわかった。



 2人の上申書では、7月8日の時点でレシートの間違いが判明していたことになっていた。すると、7月12日に明代が取調室で「レギュラーランチ」を食べたと主張した事実と矛盾する。その点についてはどう主張していたのか。



7月12日の「明代の説明」(上申書=趣旨)

 書類送検された7月12日、取調官からレシートが違うようだといわれたが、すでに7月8日に調査していたので、よく調べて次回に正確に話すと伝え、調書の作成は保留にした。



 だから当然、明代が「レギュラーランチ」の詳細な内容を供述したこともなく、「レシートは他人のもの」と指摘されてもなんら取り乱すことなく、冷静に応答したかのように書かれている。

 なるほど事実がこういう経過だったのなら、彼らが食べたのは「レギュラーランチ」ではなく「日替わりランチ」だったと主張しているのも理屈が通らなくもない。また矢野らが、東村山署がその日のうちに書類送検したことを非難するのも理解できないではない。また千葉によれば、上申書にはもちろん明代が東村山署の取調室でみせた醜態については一言も触れられていない。

 しかしそれでは、明代が署名しなかった調書の内容は別にしても、明代が「レギュラーランチ」のレシートに日付とともに署名捺印し、証拠として提出した事実は説明がつかない。東京地検もそう思ったにちがいなかった。

 それに、明代の署名・捺印がなされていないものの、明代が「レギュラーランチ」の内容を事細かに供述した調書も存在する。東京地検が、間違えて「レギュラーランチ」のレシートを出してしまったという彼らの供述を信用するとは思えなかった。

微妙な変遷

『聖教新聞』裁判でも矢野は、「レギュラーランチ」ではなく「日替わりランチ」だったと「気づいた」経緯と時期、および7月12日に明代が行ったとする「説明」について陳述書で次のように供述している。



「日替わりランチ」だったことに「気づいた」経緯と時期、および明代の「説明」(矢野「陳述書」)

 7月4日の事情聴取の際の課長代理の雰囲気から、……警察側は、「事件」として捜査する考えであることを知ったので、こちら側としてもきちんと当日の行動を思い出し、調べておくことにしました。

 朝木議員そして私達は、「びっくりドンキー」にも、数回出掛けて店員に質問するなどして、調査したところ、問題の「レジ・ジャーナル」には「ランチ」という文言が書かれてあったものの、記載されていた注文品は、朝木議員が6月30日に店長に伝えた「日替わりランチ」ではなく「レギュラーランチ」であることが判明した……。

 ……朝木議員は12日午前に東村山署に出向きました。

 その際、朝木議員は、課長代理から指摘される前に、7月3日に提出した「レジ・ジャーナル」は店長が間違えて渡して寄越したものであることを自ら伝えて……



 上申書では取調官(「陳述書」では課長代理)から先に間違いだと指摘されたことになっているが、上申書から4年後に作成された陳述書では「明代の方から先に間違いだったと伝えた」と、2つの供述には微妙な変遷がみられる。普通、アリバイを主張する容疑者の側で自分を有利にする新事実が判明したのなら、率先して新事実を伝えようとするものだろうから、状況説明としては陳述書の記載の方がより現実的に思える。

 とはいえ、いずれも第2回取り調べ(7月4日)から第3回取り調べの前日である7月11日までの間には、明代と矢野は「『レギュラーランチ』のレシートが自分たちのものではないと認識していた」と主張している点において変わりはない。

 ただ、「『レギュラーランチ』のレシートが自分たちのものではない」と認識した時期が上申書と陳述書で一致していたとしても、やはり明代が第3回取り調べで「レギュラーランチ」のレシートを署名・捺印した上で正式にアリバイの証拠として提出した事実とはどうしても相容れない。この矛盾を矢野が10月7日の取り調べで覆すのは至難の業であるように思われた。

(つづく)
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『聖教新聞』事件 第17回
録音していた明代

 明代が矢野とともに東京地検に提出した上申書の内容は、東村山署で供述したアリバイ主張の内容、および明代の供述に基づき東村山署が「びっくりドンキー」で行った裏付け捜査の結果とはかなりの食い違いがあった。明代が「アリバイ」の証拠として「びっくりドンキー」の「レギュラーランチ」のレシートを提出し、その内容までも詳細に説明したにもかかわらず、「レギュラー」は間違いで、それは「店長が明代の要求とは違うレシートを渡したために起きたミスだった」と主張していた。

 レシートが他人のものだったことを店長のせいにすることで平然と前言を翻す神経は並大抵ではないが、アリバイ主張に関する内容が矢野も同一だった点からも、上申書の提出は明代1人の意思によるものではないように思える。なぜなら、アリバイ工作が疑われるのは明代1人だけではなく、明代のアリバイを主張する矢野もまた共犯と目されてもおかしくない状況にあったからである。

 もう1つ、現実的な理由もあったのではないかと思える事実があった。7月12日に行われた3回目の取り調べの際、明代がバッグの中にカセットレコーダーを忍ばせているのを、立ち会った女性警察官が現認していた。矢野と明代が日常的にカセットレコーダーを持ち歩いていたことはよく知られた事実である。

 それでも、自分の取り調べに際しても隠し録りするとは相当のしたたかさである。したがって矢野は、明代が取り調べでどんな供述をし、どう追い詰められていったかを確認した上で上申書を作成した可能性が高いとみられた。

上申書とは異なる説明

 では10月7日、東村山署での事情聴取に臨んだ矢野は、上申書どおりの供述をしたのか。事実をありのままに供述するのなら、事実の根幹部分において上申書の内容と齟齬はないはずである。矢野の供述はどうだったのだろう。

 矢野が『聖教新聞』裁判で提出した「事情聴取記録」によれば、まず矢野は「明代が提出したレシートが実際に食べたものとは違う」と供述している。最初から「『レギュラーランチ』ではなく『日替わりランチ』だった」といえばいいと思うが、矢野は何を食べたかをいうのを渋った。しかし、「レシートが違っていた」という主張については変わりがなかった。

 ただなぜか、「レシートを間違えた」理由については、上申書の記載からはだいぶトーンダウンしていると千葉はいう。千葉によれば、上申書では矢野はこう書いていた。



(「レシートを間違えた」ことに関する上申書における記載)

 朝木議員は「びっくりドンキー」に対して、「6月19日の午後2時から4時の間で、『日替わりランチ』と飲み物を注文した2人組のレジ記録票をさがしほしい」と電話で依頼したのですが、「びっくりドンキー」側は、「日替わりランチ」を単なる「ランチ」ととり違えて「レジ記録票」を朝木議員に手渡していたのです。
 


 明代が「びっくりドンキー」に対してきわめて明瞭なかたちで依頼していたと記載していることがわかる。

 ところがこの点について矢野の供述は取調室で次のように変遷したのである。



(「レシートを間違えた」ことに関する取調室における供述)

矢野  そう、それ(筆者注=「レギュラーランチ」のレシート)違うの。これは、間違って、店長が、つまりこちらの言い方もまずかったんだけど。だから、こういうものあるかって聞いたときに、向こうも、あのう、正確な聞き方をしてないわけですよ。こちらも正確な言い方をしてないわけ。



 取調室で矢野は、「両方とも正確な言い方をしなかったから間違えた」と供述している。上申書における明確な記載とは大違いだった。ここでもまだ矢野は「何を食べたか」は口に出さない。取り調べる側としては、明代の取り調べの際の供述とはかなりの齟齬があるものの、矢野が「レギュラーランチは間違いだった」といっていることだけは理解できた。

メニューをいおうとしない矢野

 すると、「では何を食べたのか」というのが次の重要な論点となるのは当然だが、矢野はけっして自らいおうとはしない。いったんメニューが確定すれば、捜査側も白黒をつけやすくなる。矢野はそのことを恐れていたのだろう。双方の思惑をうかがわせるやり取りがある。



取調官  食べたものが違うっていうことでしょ。

矢野  そうそう違う。

取調官  ……そうすると、矢野先生方は何を食べたんですか、この日。

矢野  言いたくはないんだけど、調べたいの? ……それについては、地検ではいったんだわ。地検ではね、この話を。だからそれはちょっと勘弁してもらいたいんだけれど、それ以外にもね、あるの。



 矢野と明代が東京地検に上申書を提出したのは7月26日付だから、もう2カ月以上がたっている。矢野は東村山署が「日替わりランチ」の裏を取っている可能性があると踏んでいたからメニューを明らかにしたくなかったのだろう。だから、「それ以外にもあるの」と、話をそらそうとしている様子がうかがえる。もちろん、東村山署が「日替わりランチ」の裏付け捜査をしていないはずがなかった。

 矢野は取調官に対して「3時15分にあの現場に行ってないという、ものがあるんですよ。客観的に一応こちらで」となおも話をそらそうとする。「びっくりドンキー」のレシート以外に客観的なアリバイがあるというのなら、それでも十分に万引きを否定する根拠となり得よう。しかしすでにレシートのアリバイが崩されたあとでは、「それ以外」のアリバイといわれてもいささか説得力に欠けると思われた。

(つづく)
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『聖教新聞』事件 第18回
「レシート以外のアリバイ」

 矢野は明代のアリバイについて「それ(筆者注=彼らが食事をしていたとする証拠のレシート)以外にもあるの」といい、実際には「何を食べたのか」という取調官の質問をはぐらかそうとした。では矢野がここでいう「レシート以外の確かなアリバイ」とは何だったのか。矢野はこう供述した。



矢野  その日の午後、行ったのはね、私はとにかく、議会が終わってから、とにかくドンキーへ行って、事務所に帰ってきたの。

矢野 (ドンキーに行った時間は)はっきりいってね、はっきりいって、2時40分から3時2、30分の間は、これはね、食事をしたと考える以外にないんですよ。



「実際には何を食べたのか」という取調官の追及に、それをなぜかいいたくなかった矢野が「レシート以外のアリバイ」として供述したのは、結局は「万引きがあった時間帯は『びっくりドンキー』で明代と食事をしていた」ということだった。矢野は議会から「びっくりドンキー」に行き、銀行で振込をすませてから来た明代と食事をし、それから事務所に帰った、それ以外は行っていないのだ――と。

 いかに矢野でも、まさかいまさら「『びっくりドンキー』で食事をした」ということ以外のアリバイを主張するという選択肢はなかった。すると「レシート以外のアリバイ」を主張しようとすれば、「『びっくりドンキー』に滞在したという事実」の信憑性を高める以外にはない。そのために矢野が主張しようとしたのが「『びっくりドンキー』に行き、事務所に帰るまでの矢野と明代の行動の真実性」だったようである。

短縮した滞在時間

 東村山署の取り調べに臨んだ矢野の供述には「レシート以外のアリバイ」を主張しようとするために上申書における供述との食い違いが生じていると千葉は指摘する。千葉によれば、矢野は「びっくりドンキー」に滞在した時間帯について、上申書では「午後2時20分ころから午後3時20分過ぎ」と供述している。この取り調べでは「午後2時40分から午後3時2、30分」と供述しているから、上申書での供述からは入店時刻で20分、退出時刻で10分のズレが生じていることになる。

 また千葉によれば、明代は東村山署における取り調べで「矢野さんと市役所を出て銀行に立ち寄り、2人して自転車で一緒に『びっくりドンキー』に行き、午後2時30分ころから午後3時20分ころまで食事をしていた」と供述し、矢野も東京地検での取り調べで「『びっくりドンキー』で1時間くらいゆっくりした」と供述しているという。しかしその2日後、矢野の供述では「びっくりドンキー」での滞在時間が一挙に20分も短くなったのである。この点に、東京地検での取り調べとは異なり、東村山署に対しては「レシート以外のアリバイ」を主張しようとする矢野なりの計算があったと千葉はみている。

変遷重ねた「入店時刻」

 具体的にどういうことなのか。

 矢野は「びっくりドンキー」に到着するまでの経路について、「2人して行った」とする当初の明代の説明を否定し、「朝木さんは午後2時12分に銀行で振込をしたあと、事務所に立ち寄り、そのあと『びっくりドンキー』に向かった」と説明した。その後明代と「びっくりドンキー」で合流し、滞在したのは「午後2時40分から午後3時2、30分」と矢野は供述している。

 それまでの説明では「午後2時30分ころから午後3時20分ころ」(明代)、「午後2時20分ころから午後3時20分過ぎ」(矢野上申書)で、滞在の始期だけをみるとそれぞれ「午後2時30分」と「午後2時20分ころ」である。矢野の取り調べでの供述では、それまでの説明よりも10分から20分遅れていることになる。

 明代の最初の供述では「びっくりドンキー」までの経路に「事務所」が含まれていなかった。しかし上申書では、「午後2時12分」に銀行で振込をしたあと事務所に立ち寄って留守電のテープを裏返したことになった。当然、到着時刻は「午後2時30分」よりあとでなければならない(矢野は上申書では到着時刻を誤ったのだろう)。こうしてこの取り調べにおいては、明代が「びっくりドンキー」に到着したのは「午後2時40分」となったとみることができよう。

 矢野は「びっくりドンキー」に滞在したとする時間帯の前後の信憑性を高めることでアリバイを主張しようとした。これが東村山署の取り調べにおいて矢野が供述した「レシート以外のアリバイ」ということではなかったかと思う。

 しかし、これほど供述のたびごとに変遷したのでは信憑性を疑われても仕方がない。矢野の供述がいかにその場しのぎのものであるかは、4年後の作成された陳述書で「びっくりドンキー」に入った時刻を再び「午後2時20分過ぎ」に戻していることが証明していよう。

 いずれにしても、矢野が取調室で主張した「レシート以外のアリバイ」は、なにより「『びっくりドンキー』で食事をしていた」という核心部分が立証されて初めて裏付け捜査を行う意味が生じる程度のものにすぎない。したがって、矢野が「びっくりドンキー」の「レシートによるアリバイ」をまず証明した上で「レシート以外のアリバイもある」と供述したのなら十分に説得力があるといえた。

 しかし矢野は取り調べで、食べたのが「『レギュラーランチ』ではない」と明代の供述を否定しながら、「何を食べたのか」と聞いても明らかにしようとせず、「レシート以外のアリバイもある」と話をそらしている。これでは何の説得力もないのだった。

 逆にいえば、「レシートによるアリバイ立証」ができないがゆえに「入店時刻」がこれほど揺れ動いたとみるべきなのではあるまいか。すでに明代が提出した「レギュラーランチ」のアリバイを崩された東村山署に対する警戒感の表れでもあったろう。しかし、「午後3時20分」前後の清算記録によって『びっくりドンキー』で食事をしていたことが立証できるのなら、入店時刻は最初から問題にさえならないのである。

(つづく)
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『聖教新聞』事件 第19回
工作の意図を必死で否定

「『レギュラーランチ』が違うのなら、何を食べたのか」と聞かれた矢野は、「アリバイの証拠はそれ以外にもあるの」と話をそらし、アリバイとは直接関係ない時間帯の行動についてあれこれ力説した。しかし、東村山署が明代を取り調べた際、明代がアリバイの証拠として提出した「レギュラーランチ」のレシートが他人のものであることが露顕している以上、矢野がレシートについて追及されるのは避けられない。

 矢野も当然そのことは意識していたから、「レシート以外のアリバイ」についてひととおり供述したあとでレシートについてこう述べた。

「店長にいったら、これ(レシート)が出てきたから、そのままそっくり、3日に渡した分じゃない」

 矢野はこの供述の直前には「アリバイを……工作したなんて書いとかないでくださいよ」という発言もある。したがって矢野の上記供述には、最初に提出したレシートにはなんらの他意もないと訴えようとする意図が含まれている。

 しかし、矢野と明代がアリバイの証拠として入手した「レギュラーランチ」のレシートはたんに店長から渡されたものではない。彼らが清算リストを確認し、その中から指定したレシートを受け取ったものであることはすでに説明したとおりで(本連載第14回)、店長が間違えたわけではないのである。そのことを取調官が知らないはずはなかった。しかし取調官は特に反論せず、こう聞いた。

「(明代が提出したレシートが)違うっていうことは、食べ物が違うってことでしょ、これ」

「違うっていうことは、アリバイが破綻したということ」と頭ごなしに決め付けるのではなく、「食べ物が違うってことでしょ」と、一応は矢野の言い分を立てたところに取調官の経験を感じさせた。矢野はまだ「食べたのは『日替わりランチ』だった」と明らかにしないものの、「食べたものが違う」=レシートが違う(と主張している)ことだけは認めざるを得なくなった。

上申書の内容を否定する供述

 さらに取調官が「(食べたものが)違うのね」と念を押すと、矢野は自ら「どういう経緯で、いつレシートが違っていたことがわかったか」について説明を始めた。取調官とのやりとりを聞こう。



矢野  これ「レギュラーランチ」とか書いてあるのね、これ、あとで教えてもらったの。12日(7月12日)に。

取調官  ああなるほど。

矢野  あなた、「じゃあ、調べてきます」って、朝木さん、いって帰ったでしょ。

取調官  うん。

矢野  で、そのあと、その足で行ったんだもん。

取調官  あ、そしたら「レギュラー」になってたわけだ。

矢野  「レギュラー」、これ「ランチ」っていうのは、どういう意味かって聞いたら「レギュラーランチ」だっていうから、ああじゃ、食ったのと違うって話になって、初めてそこで、はっきり確認できたの。



 矢野の言い分では、明代が取り調べでアリバイを否定されたあと、「びっくりドンキー」に行って確認して初めてそれが「レギュラーランチ」のレシートだったことを知ったという。しかしこれがあり得ないのは、明代が「レギュラーランチ」の内容を詳細に供述したことからも明らかである。

 矢野と明代が上申書で供述しているように、彼らは「レジ記録リスト」の中からアリバイ主張のために最も適当と思われる記録を選び、それに対応するレシートをコピーしてもらっていた。リストには清算時刻とメニュー、人数などが時系列で並んでいる。したがって、「7月12日の取り調べ後にレシートに『レギュラー』と書いてあることを知った」のではなく、7月1日にレシートを入手した時点で、そのレシートが「レギュラー」のものであることを知っていたのである。

 明代が証拠として署名・捺印して提出したレシートには、正確には「L150gレギュラS」と記載されている。リストから選んで出してもらったものだから、当然そこに記載されたメニューが「レギュラー」であることを矢野と明代は確認したはずである。明代は「レギュラー」の皿に載っているものを暗記し、取り調べでよどみなく説明した。その事実こそ、明代がアリバイの証拠として提出したレシートが「レギュラー」のものであることを認識していた証拠といえた。

 矢野と明代の上申書と矢野の陳述書には、いずれも「7月8日」の時点で明代がアリバイの証拠として提出したレシートが間違いであることがわかったと記載しているが、この記載はこの日の矢野の供述と矛盾している。「7月8日」の時点で「レギュラーランチ」のレシートが間違いであることがわかっていたのなら、明代が7月12日に「レギュラーランチ」の内容を詳細に説明し、またレシートに署名・捺印して証拠として提出する道理がない。

 さすがの矢野も、明代が主張したアリバイが崩された状況を現認している取調官の前ではとてもそんな辻褄の合わない主張はできなかったのだろう。つまり矢野は、10月7日の供述によって上申書の内容、およびのちに提出する陳述書の内容が虚偽であることを自ら認めたということだった。矢野と明代がいかにその場しのぎの嘘を繰り返してきたかがよくわかるのではあるまいか。

(つづく)
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『聖教新聞」事件 第20回
やっと「日替わりランチ」と認めた矢野

 矢野は東村山署の取り調べで「びっくりドンキー」で食べたとするメニューが「レギュラーランチ」だったことを否定しながら、何を食べたのかについてはなかなか明らかにしようとはしなかった。しかし、食べたものが明代の提出したレシートの「レギュラーランチ」ではないことだけは認めたため、取調官は「そうすると、朝木さんは『日替わり』を食べたということですね」と踏み込んだ。すると矢野は、「まあ、そういうことになりますね」と消極的に認めた。

 取調官と矢野の続くやりとりをみると、どうも明代は7月12日の取り調べの際、「レギュラーランチ」のアリバイを否定されたあと、とっさに「食べたのは『レギュラー』ではなく『日替わり』だった」と供述を翻していたフシがある。しかし明代はそのときすでに「レギュラーランチ」のレシートを証拠として提出していたから、そのレシートは食べたもの(「日替わりランチ」)のものかと確認した。すると明代は、そのレシートが「日替わりランチ」のものではないことを認め、「(『日替わりランチ』のレシートを)すぐ持ってきます」といって取調室を退去した――という流れだったようである。

 この明代の供述を取調官が信用していたかについては定かではない。しかし、明代は「レギュラーランチ」のアリバイが否定される直前には「レギュラーランチ」の内容を自信満々に説明しており、署名・捺印して提出したレシートは「『日替わりランチ』のものと間違えて提出した」と主張しても、もはや信用してもらえるような状況にはなかったことだけは確かだろう。明代と矢野が東京地検に提出した上申書でメニューを「日替わり」に変更したことには一応の理由があったことになろうか。

 その後、明代が東村山署に「日替わりランチ」のレシートを持って来ることはなかった。その点に関して矢野はこの日の取り調べで、「食べたのは『日替わりランチ』だった」とした上で、明代の取り調べ終了後すぐに「びっくりドンキー」に行くと「東村山署がレシートを押収していてここにはないといわれ、『日替わりランチ』のレシートを探すことができなかった」と主張したのである。

 もちろんこの主張は、その中に明代のアリバイを立証する「日替わりランチ」のレシートが存在すればの話である。万引き事件のあった時間帯に、矢野と明代が食べたとする「日替わりランチ」のレシートが存在するのかどうか。矢野はメニューを「日替わりランチ」と明言したことで、取調官に対して取り調べを次の段階に進めるきっかけを与えた。

 万引き事件が発生した時間帯に矢野と明代が食べたとする「日替わりランチ」のレシートあるのか。核心に入る前に、取調官は矢野と明代が食事をしたとする時間帯をあらためて確認した。それまでにもすでに10分~20分の誤差が生じているから、もっと大幅な「記憶違い」がないとも限らない。

 そこで取調官はまず、矢野がこの日に供述した「午後2時40分」よりも早い時間に入った可能性があるかどうかと水を向けた。その記憶の基準となるのは「午後2時12分」の銀行振込の記録である。取調官は矢野に、朝木が「『行き』に寄った」と答えたことを伝え、「びっくりドンキー」に行ったのがそのあとであることに間違いないかどうかを確認した。すると矢野は当然、その流れに間違いないと答えた。

明かされた重大な事実

 矢野と明代が「びっくりドンキー」で「日替わりランチ」を食べたとすれば、それは「午後2時12分」よりもあとだということが、矢野の口から確認された。矢野の答えを引き出した上で、取調官は矢野に重大な事実を伝えた。その場面をみよう。



取調官  (朝木)先生は2時12分より遅くドンキーに行かれた。さらに、矢野先生よりはちょっと遅い。

矢野  ちょっと遅い、と思いますね。

取調官  ……まあ、それ、わかってるから、いいと思いますよ。

矢野  ええ、いいですよ。

取調官  ただ、2時12分の時点では、「日替わり」がないんです。

矢野  ええっ? ウソっ!

取調官  ホントなの。だから、私がそれを、先生に聞いたの。

矢野  ウソだ。

取調官  先生、そうなんですよ。先生、ホント、どうなんですか。2時12分の時点では、「日替わり」はありません、と。売り切れてますよ、と。



「2時か12分には『日替わり』はない」といわれた際の「ええっ? ウソっ!」という矢野の反応は、取調官の発言に対して確信をもって否定するものではなく、続いて取調官が「ホントなの」と答えていることからも、「本当ですか?」と聞き返すニュアンスだったことは明らかである。万引きの時間帯に矢野が本当に明代と一緒に「びっくりドンキー」で「日替わりランチ」を食べており、その確かな記憶があるのなら「2時12分の時点で『日替わり』はない」といわれた矢野が聞き返すこともあり得ない。

 矢野と明代は7月1日、「レジ記録リスト」の中から最もアリバイの条件に合致した「レギュラーランチ」を見つけたことで他の記録は詳細には見ていない。矢野には「レジ記録リスト」の該当する時間帯に2人連れで「日替わりランチ」を食べた客が存在するかどうか確証の持てない状態にあった。だから「『日替わり』がないというのは本当なのか」と聞き返した――上記のやりとりが物語るのは、矢野の自信のなさにほかならなかった。

(つづく)
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